賃貸経営を続けていると、家賃滞納という問題は避けて通れないリスクの一つです。特に連帯保証人がいない契約では、「誰に、どうやって請求すればよいのか」と悩む大家さんも少なくありません。近年は保証会社を利用した契約が主流になりつつありますが、それでも滞納が起きた際に正しい手順を知っておくことは、賃貸経営を守るうえで欠かせません。
この記事では、家賃滞納が発生したときの初動対応から、保証会社を使った回収、法的手続き、そして予防策までを、公的機関の情報にもとづいて解説します。感情的な対応がかえって大家さんを不利にすることもあるため、正しい知識をもとに冷静に進めることが大切です。
家賃滞納が発生したらまず確認すべきこと
家賃の入金が確認できないとき、いきなり強い態度で督促するのは得策ではありません。まず落ち着いて状況を整理することが、その後の解決をスムーズにします。実際には、引き落とし日が土日祝日と重なっただけだったり、入居者が振込先を間違えていたりするケースもあります。本当に滞納なのかを確認するところから始めましょう。
あわせて契約書の内容を見直してください。保証会社との契約があるか、緊急連絡先は誰か、滞納時の取り決めはどうなっているかなど、対応に必要な情報が記載されています。保証会社を利用している場合は、後述するように事故報告に期限が設けられていることが多いため、契約内容の把握が特に重要になります。
この段階で意識したいのが、証拠を残す姿勢です。通帳の入金履歴、督促の記録、契約書、保証約款、支払約定日、連絡が取れなかった日時などをこまめに残しておくと、後に法的手続きへ進む際に大きな助けになります。入居者への最初の連絡は、電話やメールなどでできるだけ早く、そして丁寧に行い、まずは事情を聞く姿勢で接することが信頼関係を保つ第一歩です。
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保証会社がある場合の回収手順
保証会社と契約している場合、回収プロセスは比較的スムーズに進みます。ただし、任せきりにするのではなく、大家さん側も適切なタイミングで動く必要があります。ポイントは、契約で定められた事故報告の期限を守ることです。
家賃債務保証には、主に二つの類型があります。家賃債務保証事業者協議会の解説によると、滞納が起きたときに保証会社が貸主へ立て替え、その後借主へ請求する「一般保証型」と、借主の委託にもとづき滞納の有無にかかわらず毎月貸主へ支払う「支払委託型」に大別されます。自分が利用している保証がどちらのタイプかで、入金のタイミングが変わってくるため、確認しておくと安心です。
報告期限は会社によって異なります。たとえば日本賃貸保証(JID)の「JIDトリオ」では、事故報告は賃料支払約定日から40日以内に必ず行うよう案内されています。保証限度額についても各社で設定があり、JIDトリオでは賃料等24か月分相当額が基本の保証範囲とされ、全保連の居住用保証でも保証限度額は月額賃料24か月分相当額と明記されています。こうした上限や報告期限を把握しておくことで、想定外の事態を避けられます。
注意したいのは、すべての費用が保証対象になるわけではない点です。全保連の案内では、解約予告通知義務違反による違約金や早期解約による違約金に上限が設けられ、賃料不払い等による解除時には一定の違約金等が保証対象外とされています。保証があるからといって全額がカバーされるとは限らないため、約款の対象範囲を必ず確認してください。
なお、保証会社選びの参考になるのが、国土交通省の家賃債務保証業者登録制度です。一定の要件を満たす業者を国が登録し、情報を公表する仕組みですが、これは任意の制度であり、登録がなくても家賃債務保証業を営むこと自体は可能とされています。登録業者一覧では、2026年8月13日時点で123者が登録されていると公表されており、業者を選ぶ際の判断材料の一つになります。
保証会社も連帯保証人もない場合の自力回収
保証会社も連帯保証人もない状況は、大家さんにとって最も対応が難しいケースです。しかし、法律で認められた手順を踏めば回収は十分に可能です。まず取り組むべきは、書面による督促と証拠づくりです。
ここで役立つのが内容証明郵便です。日本郵便の説明によると、内容証明は「いつ、どのような内容の文書を、誰から誰あてに差し出したか」を証明する制度です。ただし重要なのは、証明されるのは文書の存在であって、その内容が真実かどうかまでは証明されないという点です。さらに、内容証明だけでは相手が受け取ったことまでは証明できません。受領を証明したい場合は、別途「配達証明」を付ける必要があり、差出時に付加すると追加で350円かかります。
料金の目安として、日本郵便は謄本1枚の内容証明を定形郵便物で差し出す場合、480円+110円+480円の合計1,070円という例を示しています。内容証明として出せるのは原則1文書1通で、一般書留にした郵便物であることが条件です。督促状には滞納額、支払期限、支払方法に加え、期限までに支払いがない場合の対応も明記しておきましょう。
賃貸借契約を解除するには、いきなり打ち切ることはできません。民法第541条は、債務の履行がないときは「相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないとき」に契約を解除できると定めています。国土交通省の標準契約書の解説でも、解除条項はこの民法541条の趣旨を踏まえ、催告を要件とすると整理されています。つまり、督促と催告を経てから解除通知へ進むという順序が原則です。
入居者と交渉する際は、感情的にならず、支払いが困難な理由を聞いたうえで分割払いなど現実的な解決策を提案することが回収につながります。合意した内容は口約束にせず、毎月の支払額や支払日、遅延時の取り決めを書面に残してください。
支払督促・少額訴訟・明渡訴訟の使い分け
任意の交渉で解決しない場合は、法的手続きを検討します。手続きにはいくつか種類があり、滞納額や目的に応じて使い分けることが大切です。
金銭の回収だけを目的とする場合、まず候補になるのが支払督促です。裁判所の案内によると、支払督促は相手の住所地を管轄する簡易裁判所の書記官に申し立てる手続で、債務者は受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てることができます。異議がなければ仮執行宣言を経て、強制執行の申立てまで進められます。手続きが比較的簡便でコストも抑えやすいのが特徴です。
一方、滞納額が60万円以下であれば少額訴訟という選択肢もあります。これは60万円以下の金銭支払いを求める訴えについて、原則として1回の審理で解決を図る手続です。支払督促に異議が出た場合や、より確実な判断を得たい場合には、少額訴訟や通常訴訟へ移行することになります。
物件の明け渡しまで求める場合は、明渡訴訟が必要です。国交省の標準契約書では、契約が解除された場合、借主は直ちに物件を明け渡さなければならない建て付けになっています。国交省の相談対応事例集でも、長期滞納の例では、まず賃料の督促と、期日までに支払わなければ解除する旨の通知を配達記録付きの内容証明で送り、その後に明渡し訴訟へ進む流れが示されています。
読者が迷いやすいのが、保証会社が代位弁済している場合でも解除できるのかという点です。同じ事例集では、数か月にわたる滞納であれば、保証会社が代位弁済しているとしても契約を解除できると考えられると整理されています。賃料支払義務は借主の最も基本的な義務であり、保証会社が立て替えているからといってその義務が消えるわけではない、という考え方です。
強制執行と明け渡しの現実的なコスト
入居者が支払いにも退去にも応じない場合、最終手段が強制執行です。ただし、これは法律で定められた手順を踏まなければ実行できません。金銭回収を目的とする場合、給与や預金の差押えが考えられますが、給与には上限があります。民事執行法により、給与などの債権は原則として4分の3が差押え禁止となっており、差し押さえられるのは4分の1までです。
建物の明け渡しを求める場合は、物件所在地を管轄する地方裁判所の執行官に申し立てます。裁判所の案内によると、執行開始の日時は申立てから原則2週間以内に定められ、明渡しの催告で示される引渡しの期限は原則として催告から1か月後とされています。
ここで大切なのは、強制執行が時間もコストもかかる手続きだという現実です。強制執行まで至るケースでは、滞納発生から強制執行まで平均8.7か月程度、その間の未回収額は7.3か月分程度、強制執行費用は1件あたり47.7万円程度に上るとされています。数字はやや古いものですが、負担の大きさを示す参考になります。だからこそ、早い段階で適切に対応し、強制執行に至らないよう努めることが、大家さんにとって最も負担の少ない選択肢といえます。
絶対にやってはいけない自力救済
回収を急ぐあまり、法律に違反する行為をすると、逆に大家さん側が責任を問われます。最も重要なのが、自力救済の禁止です。国交省の相談対応事例集は、借主が任意に退去しない場合でも、貸主が私的に明渡しを強行することは自力救済として禁止されており違法だと明記しています。明け渡しは、あくまで裁判所の強制執行等の手続きによって実現しなければなりません。
具体的には、家賃を滞納されているからといって鍵を無断で付け替えて閉め出す行為は、借主の占有使用する権利を侵害するものとして違法と整理されています。荷物を勝手に処分したり、電気や水道を止めたりする行為も同様に許されません。どれほど腹立たしい状況でも、必ず法的手続きを経る必要があります。
督促の方法にも配慮が求められます。家賃債務保証事業者協議会の自主ルールでは、貼り紙などで第三者に滞納の事実を知らせること、午後9時から午前8時までの時間帯に電話や訪問をすること、無断での立入りやロックアウト、無断搬出などが禁止されています。これは保証会社向けのルールですが、大家さんが督促する際の節度の目安としても参考になります。深夜早朝の連絡や執拗な電話、職場への押しかけは避けるべきです。
予防策と、支払えない入居者への公的支援
滞納は、発生してからの対応よりも、そもそも起こさないための予防が最も効果的です。入居審査では収入証明の確認に加え、勤務先の安定性や過去の賃貸履歴なども重要な判断材料になります。保証会社の利用も、現代の賃貸経営では有力な選択肢です。前述のとおり登録業者一覧が公表されているため、複数社の保証限度額や対象外項目、事故報告期限を比較して選ぶとよいでしょう。
支払方法の工夫も見逃せません。口座振替やクレジットカード決済を導入すれば、うっかりの支払い忘れを防げます。あわせて、入居者と良好な関係を築いておくことで、支払いが苦しくなったときに早めに相談してもらいやすくなり、長期化を防げます。
実は、失業や収入減で家賃が払えなくなった入居者に対しては、公的支援へつなぐという道もあります。厚生労働省の住居確保給付金は、市区町村ごとに定める額を上限に、実際の家賃額を原則3か月間、延長を含め最大9か月間支給する制度です。支給された給付金は、自治体から賃貸人や不動産仲介業者等へ直接支払われる仕組みになっています。回収の観点からも、この制度を案内する意義は大きいといえます。
さらに、生活困窮者自立支援制度のもとには家計改善支援事業もあります。自立相談支援機関につなぐことで、家計状況の見える化や立て直しの支援を受けられ、滞納の長期化を防ぐ助けになります。追い出すことだけを考えるのではなく、支払える状態に戻す支援を紹介することが、結果として大家さんの利益にもつながります。
まとめ
家賃滞納は、連帯保証人がいない場合でも、正しい順序を踏めば回収は可能です。まず状況を冷静に確認し、証拠を残しながら督促を行い、保証会社があれば期限内に報告します。契約解除には催告が必要であり、回収や明け渡しは支払督促や訴訟、強制執行といった法的手続きを通じて進めるのが原則です。
最も重要なのは、鍵の交換や荷物の処分といった自力救済を絶対に行わないことです。また、失業や減収による滞納には住居確保給付金などの公的支援を案内することも有効な選択肢になります。判断に迷う場合は弁護士や司法書士、管理会社などの専門家に相談し、最新の情報は各公的機関の公式サイトで確認したうえで、安定した賃貸経営を目指してください。
参考文献・出典
- 裁判所「支払督促」 – https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/minzi_25_22/index.html
- 裁判所「少額訴訟」 – https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/minzi_25_02/index.html
- 裁判所「不動産引渡(明渡)執行」 – https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/minzi_25_14/index.html
- e-Gov法令検索「民法」 – https://laws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089_20280613_505AC0000000053
- e-Gov法令検索「民事執行法」 – https://laws.e-gov.go.jp/law/354AC0000000004/20240401_505AC0000000016
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」 – https://www.mlit.go.jp/common/001479824.pdf
- 国土交通省「家賃債務保証業者登録制度」 – https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr7_000024.html
- 国土交通省「登録家賃債務保証業者一覧」 – https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr7_000028.html
- 国土交通省「民間賃貸住宅に関する相談対応事例集」 – https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001493363.pdf
- 厚生労働省「住居確保給付金:制度概要」 – https://corona-support.mhlw.go.jp/jukyokakuhokyufukin/index.html
- 厚生労働省「生活困窮者自立支援制度」 – https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000059425.html
- 日本郵便「内容証明」 – https://www.post.japanpost.jp/service/send/domestic/option/syomei/use.html
- 家賃債務保証事業者協議会「協議会自主ルール」 – https://www.jpm.jp/hoshou/council/rule.html
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
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