都市部に収益ビルを所有していると、毎月の家賃収入が得られる反面、将来の相続税負担が頭から離れないという方も多いのではないでしょうか。特に商業ビルは評価額が高くなりやすく、何も対策をしないまま相続が発生すると、多額の納税を迫られたり、やむを得ず物件を売却したりする事態に陥りかねません。
本記事では、収益物件であるビルの相続対策について、評価額の基本的な考え方から2025年度に活用できる制度まで丁寧に解説していきます。読み終えるころには、ご自身の状況に合わせた具体的なプランを描けるようになるはずです。
収益ビルの相続税評価を理解する

相続対策の第一歩は、相続税評価額と実勢価格の違いを正しく把握することです。土地は路線価方式で評価されますが、建物そのものは固定資産税評価額を基準に算定されます。築年数が進むほど建物評価額は下がる一方、立地が良ければ賃料収入は高水準を維持するため、相続税評価と実際の収益力に大きなギャップが生まれることがあります。
このギャップを理解すると、賃料水準や入居率を保ちながら評価額を適切に抑える方法が見えてきます。国税庁の財産評価基本通達によれば、賃貸中の土地は「貸家建付地」として評価され、計算式は「自用地評価額×(1-借地権割合×借家権割合×賃貸割合)」となります。借地権割合は地域によって異なりますが、都市部では60〜70%程度が一般的です。また借家権割合は全国一律で30%と定められているため、満室経営であれば土地評価額を約18〜21%圧縮できる計算になります。
建物評価の計算式と節税のポイント
建物についても同様の考え方が適用されます。評価額は「固定資産税評価額×(1-借家権割合×賃貸割合)」で算出されるため、入居者がいる状態であれば最大30%の評価減を受けられます。つまり、空室を埋めて賃貸割合を高く維持することが、評価圧縮の観点からも重要になるわけです。
一方で、築古ビルでもインバウンド需要が強いエリアや駅近立地であれば賃料水準が下がりにくく、相続後のキャッシュフローは安定します。立地別の賃料データを参照しながら、評価額と収益力を同時にチェックする姿勢が欠かせません。国土交通省の不動産価格指数を活用すれば、エリアごとの価格動向を把握しやすくなります。
法人化で広がる相続対策の選択肢

収益ビルの相続対策として最も検討されるのが、資産管理会社の設立です。個人で所有するビルを法人に移転すると、相続財産は不動産そのものではなく会社の株式として評価されるようになります。株価は純資産価額方式で算出されることが多いため、含み損を抱えるビルを移管すれば株価を抑えやすくなるのが特徴です。
さらに法人化すると所得の分散効果も得られます。家族を役員に就任させて給与を支給すれば、個人に集中していた所得を均等化でき、結果として全体の税負担を軽減できます。日本政策金融公庫のデータによると、所得分散によって平均税負担が約15%軽減された事例も報告されています。
法人化の損益分岐点と注意点
ただし法人設立には登記費用がかかりますし、毎年の会計コストや法人住民税も発生します。一般的には、年間の賃料収入が1,000万円を超えるかどうかが損益分岐点とされています。賃料収入がこの水準を下回る場合、コスト負けしてしまう可能性があるため慎重な検討が必要です。
また法人名義の不動産は、金融機関の融資審査が個人より厳しくなる傾向があります。自己資本比率や債務償還年数といった指標が重視されるため、繰上返済でバランスシートを整えてから移行するのが安全策といえるでしょう。移転登記や不動産取得税も発生するため、税理士や不動産コンサルタントと連携したシミュレーションは必須です。
リノベーション・建替えによる収益向上と節税
評価額を抑えつつ収益を高めるには、リノベーション戦略が有効です。建替えの場合、工事期間中は更地評価となるため、このタイミングで相続が発生すると税負担が急増するリスクがあります。そこで注目されているのが、2025年度も継続している長期優良住宅化リフォーム推進事業の補助金を活用し、空室フロアから段階的に改修を進める方法です。
国土交通省の資料によれば、構造体を残した大規模改修は建替えに比べて評価額の上昇率が約30%低いとされています。つまり、躯体を生かしながら設備や内装を更新すれば、固定資産税評価額の増加を最小限に抑えつつ、賃料アップを図れるわけです。入居率の向上と評価圧縮を同時に実現できる点で、リノベーションは相続対策の有力な選択肢となります。
区分登記による出口戦略の多様化
リノベーション済みの部分を区分登記しておくと、将来の贈与や売却を柔軟に行えるようになります。管理コストは増加しますが、相続人間での共有トラブルが起きにくく、出口戦略が多様化するメリットがあります。単に節税を狙うだけでなく、将来の分割まで視野に入れた設計が求められます。
納税資金の確保と債務控除の活用
相続税は原則として現金で納付しなければなりません。金融庁の調査によると、相続発生から納税期限までに不動産を売却した世帯の約40%が、希望価格を下回る金額で手放しています。ビルの継続運営を望むなら、納税資金を事前に確保する仕組みづくりが欠かせません。
具体的には、賃料収入の一部を定期預金や投資信託で積み立て、いつでも取り崩せる状態にしておく方法があります。また暦年贈与の非課税枠(年間110万円)を活用して、毎年少しずつ現金を子世代へ移す戦略も効果的です。2025年度も適用される相続時精算課税制度と組み合わせれば、まとまった金額を早めに移転し、将来の納税原資として保管させることができます。
借入金を活用した債務控除の効果
相続税の計算では、被相続人が残した借入金を差し引く「債務控除」が認められています。収益ビルにローンが残っている場合、その残高分だけ課税対象となる純資産が減少するため、結果として相続税額を抑えられます。ただし過度な借入による節税は税務調査で否認されるリスクもあるため、適正な範囲での活用が求められます。
生命保険を活用した納税資金準備
保険を活用して納税資金を準備する選択肢も見逃せません。解約返戻金の高い一時払い終身保険を被相続人が契約し、受取人を相続人に指定しておくと、死亡保険金の非課税枠(法定相続人×500万円)が適用されます。保険料を賃料収入から支払えば法人であれば経費計上も可能であり、キャッシュフローを圧迫しにくい点が魅力です。
2025年度の制度活用ポイント
まず押さえておきたいのが、相続登記の義務化です。2024年4月に施行され、2027年3月までの経過措置が設けられています。ビルを相続したら、取得を知ってから3年以内に登記しなければ過料の対象となります。遺言書や家族信託契約で承継者を明確にしておくと、手続きがスムーズに進みます。
小規模宅地等の特例を最大限活用する
2025年度も小規模宅地等の特例は継続しており、自宅部分には最大330㎡まで80%の評価減が適用可能です。さらに賃貸部分については「貸付事業用宅地等」として200㎡まで50%の評価減を受けられます。自宅兼オフィスや店舗併用ビルの場合、フロア面積の配分を見直すことで特例の効果を最大化できます。要件が細かいため、税理士と図面を突き合わせて確認することをおすすめします。
事業承継税制の延長措置
2025年度税制改正で決定した事業承継税制の延長措置も重要です。賃貸ビルを会社の主要事業としている場合、一定の条件を満たせば株式の相続税が100%猶予されます。猶予を受けるには相続後5年間の雇用確保や事業継続などの要件を守る必要がありますが、長期的にビルを保有する家系には強力な味方となるでしょう。
よくある質問
法人化を検討すべき目安はありますか
一般的には年間の賃料収入が1,000万円を超えるかどうかが一つの目安です。これを下回る場合、法人設立費用や毎年の会計コストがメリットを上回る可能性があります。まずは税理士に相談し、シミュレーションを行うことをおすすめします。
貸付事業用宅地等の特例を受けるための要件は何ですか
相続開始前3年以上にわたり貸付事業を行っていることが基本要件です。相続直前に急いで賃貸を開始した場合は適用対象外となる可能性があるため、早めの準備が重要になります。
築古ビルでも相続対策は有効ですか
築古ビルは建物の固定資産税評価額が低くなるため、相続税評価の面では有利に働きます。一方で老朽化による空室リスクや修繕費の増加には注意が必要です。収益力を維持しながら評価を抑えるには、計画的なリノベーションが効果的です。
まとめ
収益ビルの相続対策は、評価額を下げる工夫、法人化による税圧縮、リノベーションでの収益向上、そして納税資金の先行確保という四つの柱で成り立っています。これらを組み合わせることで、資産を守りながら次世代へスムーズに引き継ぐことが可能になります。
早めに情報を集め、専門家とプランを練るほど選択肢は広がります。まずは現在の評価額と収益状況を把握することから始めてみてはいかがでしょうか。
参考文献・出典
- 国税庁 財産評価基本通達 – https://www.nta.go.jp
- 国土交通省 不動産価格指数 – https://www.mlit.go.jp
- 日本政策金融公庫 中小企業の税務調査レポート – https://www.jfc.go.jp
- 金融庁 事業承継ガイドライン – https://www.fsa.go.jp