賃貸物件を所有していると、入居者の退去時に必ず発生するのが原状回復の費用です。「この工事代金はどの勘定科目で処理すればいいの?」「確定申告で修繕費として全額経費にできるの?」と悩んでいる大家さんは少なくありません。実は、原状回復費用の会計処理は一見シンプルに見えて、修繕費と資本的支出の判定や仕訳の方法など、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。この記事では、国税庁や国土交通省の情報をもとに、原状回復費用の勘定科目・仕訳・確定申告での扱いを初心者にもわかりやすく解説します。
原状回復とは何か、まず基本を確認しよう

原状回復の意味を正確に理解しておくことが、会計処理の第一歩です。「借りた当時の状態に戻すこと」と思っている方も多いですが、実はそうではありません。
国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun.pdf)によると、原状回復とは「賃借人の居住・使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義されています。つまり、経年変化や通常の使用による損耗は賃貸人(大家)の負担であり、入居者の故意・過失による損傷のみが賃借人の負担となるのです。
この区分は会計処理にも直結します。大家さんが自ら費用を負担して行う修繕工事は、基本的に自分の資産を維持・回復するための支出として計上します。一方、入居者の過失分を敷金から差し引く場合は、仕訳の処理が少し異なってきます。まずはこの「誰が負担するか」という点を明確にしてから、会計処理に進むことが大切です。
また、同ガイドラインでは、退去精算トラブルを防ぐために入退去時の物件状況確認と、契約締結時の原状回復条件の確認が重要だとも案内されています(国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html)。日頃から写真や書面で状態を記録しておくことが、後のトラブル防止にも会計処理の根拠づくりにも役立ちます。
修繕費と資本的支出、どちらに該当するかが重要

原状回復費用を確定申告で処理する際、最も重要な判断が「修繕費」か「資本的支出」かの区分です。この判定を誤ると、経費計上のタイミングや金額が大きく変わってしまいます。
国税庁の情報(令和7年4月1日現在法令等)によると、賃貸不動産の通常の維持管理や原状回復にあたる支出は、原則として支出した年分の必要経費として計上できます(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2107.htm)。これが「修繕費」として処理できるケースです。壁紙の張り替えや床の補修、設備の修理など、元の状態に戻すための工事費用が典型例です。
一方、同じ「原状回復」という名目であっても、工事の結果として建物の使用可能期間が延長されたり、資産の価値が増加したりする部分がある場合は「資本的支出」として扱われます(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2107.htm)。資本的支出は一括で経費にはできず、減価償却を通じて複数年にわたって費用化していく必要があります。重要なのは、工事の名目や請求書の書き方ではなく、実質的な内容で判定するという点です(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1379.htm)。
判定に迷う場合のために、国税庁は実務上使いやすい基準も示しています(国税庁 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/renketsu/06/06_08.htm)。国税庁通達によると、おおむね3年以内の周期で行われる修理・改良は修繕費として処理できます。また、資本的支出か修繕費か明らかでない金額がある場合でも、その金額が60万円未満、または前年末の取得価額のおおむね10%以下であれば、修繕費として処理することが認められています。これらの基準を活用することで、判定に迷う多くのケースをスムーズに処理できます。
確定申告での勘定科目と仕訳の具体的な考え方
実際の帳簿記載や確定申告書の作成では、どの勘定科目を使うかが重要になります。ここでは、大家さん(貸主)側の処理を中心に整理します。
不動産所得の金額は「総収入金額-必要経費」で計算され、修繕費は必要経費の代表的な項目の一つです(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1370.htm)。白色申告の収支内訳書(不動産所得用)では、賃貸している建物等の修繕のための費用は「修繕費」欄に記載します(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/tebiki/2024/pdf/019.pdf)。資産の価値を増したり使用可能期間を延長したりするような支出は、原則として資本的支出として減価償却の対象になる点も同資料で確認されています。
仕訳の具体的な方法については、大家さんが自己負担で原状回復工事を行った場合、「修繕費 ○○円 / 現金(または普通預金)○○円」という形で処理するのが基本です。一方、入居者の過失分を敷金から差し引いて返還する場合は処理が少し複雑になります。実務上は「修繕費」で処理する方法と「立替金」で処理する方法の両方があり、採用した勘定科目によって仕訳の形が異なります(マネーフォワード https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/62056/)。なお、国税庁の一次情報では貸主側の標準仕訳例が直接示されているわけではないため、具体的な処理方法は税理士や税務署に確認することをおすすめします。
また、敷金や保証金のうち返還を要しないことになった部分は、不動産所得の総収入金額に含める必要があります(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1370.htm)。退去時の精算で敷金の一部を原状回復費用に充当した場合、その金額の収入計上タイミングや処理方法は契約内容や精算合意の状況によって異なるため、個別の事情に応じた判断が必要です。
自宅兼賃貸や複数物件の場合に注意すること
自宅の一部を賃貸している場合や、複数の用途が混在する物件では、修繕費の按分計算が必要になります。この点を見落とすと、経費の過大計上につながるリスクがあります。
国税庁の収支内訳書の書き方(令和6年10月1日現在の法令等に基づく)によると、建物の一部を貸し付けている場合、修繕費などのうち自用部分に対応する費用は必要経費にはなりません(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/tebiki/2024/pdf/019.pdf)。貸付面積や保険金額などの合理的な基準によって按分して計算する必要があります。たとえば、建物全体の床面積のうち賃貸部分が50%であれば、共用部分の修繕費も50%のみを経費として計上するといった考え方です。
按分の基準は「合理的」であることが求められますが、具体的にどの基準を使うかは状況によって異なります。床面積比率が最もわかりやすい基準ですが、工事の内容によっては別の基準が適切な場合もあります。重要なのは、一度採用した基準を継続して使用し、根拠となる資料を保存しておくことです。
帳簿や証憑の保存も忘れてはなりません。国税庁によると、青色申告の場合、仕訳帳・総勘定元帳などの帳簿は7年間、請求書・見積書・契約書などの「その他の書類」は5年の保存が必要です(国税庁 https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_2.htm)。白色申告であっても、不動産所得がある方は取引年月日・相手方・金額などを帳簿に記載し、領収書等を保存する必要があります。原状回復工事の見積書・請求書・領収書は必ずセットで保管しておきましょう。
青色申告への切り替えで節税効果を高める
原状回復費用の処理を正確に行うことと並行して、青色申告制度の活用も検討する価値があります。青色申告は白色申告に比べて記帳の手間はかかりますが、節税メリットが大きい制度です。
青色申告では、最大65万円の青色申告特別控除(電子申告等の要件あり)を受けられるほか、損失の繰越控除など白色申告にはない特典が利用できます。不動産所得がある方にとって、修繕費などの経費を正確に記録・管理する習慣は、青色申告の要件を満たすことにもつながります。
新たに青色申告を始めるには、原則としてその年の3月15日までに「青色申告承認申請書」を納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。ただし、国税庁によると、1月16日以後に新たに業務を開始した場合は、開始日から2か月以内の提出が認められています(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2070.htm)。まだ白色申告で申告している方は、来年分からの切り替えを視野に入れて早めに準備を進めることをおすすめします。
なお、令和7年分の所得税等の確定申告の相談・受付期間は、令和8年2月16日(月)から同年3月16日(月)までです(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/qa/02.htm)。還付申告については令和8年2月13日(金)以前でも提出できます。修繕費の処理に不安がある場合は、申告期間前に税務署の相談窓口や税理士に早めに相談しておくと安心です。
まとめ
原状回復費用の会計処理は、まず「修繕費」か「資本的支出」かを実質で判定することが出発点です。3年以内の周期や60万円未満といった基準を活用しながら、正確に区分することが大切です。仕訳の方法は採用する勘定科目によって異なるため、不明な点は税理士や税務署に確認することをおすすめします。また、帳簿・領収書の保存を徹底し、自宅兼賃貸の場合は按分計算を忘れずに行いましょう。青色申告への切り替えも含めて、確定申告の準備を早めに進めることで、正確かつ有利な申告が実現できます。
参考文献・出典
- 国税庁 No.2107 資本的支出を行った場合の減価償却 — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2107.htm
- 国税庁 No.1379 修繕費とならないものの判定 — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1379.htm
- 国税庁 〔資本的支出と修繕費等〕 — https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/07.htm
- 国税庁 No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得) — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1370.htm
- 国税庁 令和6年分 収支内訳書(不動産所得用)の書き方 — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/tebiki/2024/pdf/019.pdf
- 国税庁 記帳や帳簿等保存・青色申告 — https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_2.htm
- 国税庁 No.2070 青色申告制度 — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2070.htm
- 国税庁 〖所得税及び復興特別所得税の申告等〗 — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/qa/02.htm
- 国土交通省 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版) — https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun.pdf
- 国土交通省 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について — https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
- マネーフォワード 原状回復費用の仕訳と勘定科目まとめ — https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/62056/