築30年以上の実家や投資用マンションを相続する場面で、「老朽化した物件をどう扱えばいいのか」「相続税を抑えながら家族に負担を残さない方法はあるのか」と悩む声をよく聞きます。築古物件は見た目の価値が低下している一方、土地には依然として大きな評価が付くため、思わぬ納税負担が発生しがちです。本記事では、築30年以上の不動産を所有・相続する際に押さえておきたい税制、収益化、リノベーション戦略を体系的に解説します。読み進めることで、不要な税金を抑えつつ物件の価値を高め、家族全体の資産を守る具体的な行動指針が見えてくるはずです。
築古物件を相続する前に知るべき基本

まず押さえておきたいのは「相続評価」と「実勢価格」は別物だという点です。国税庁の『財産評価基準書』に基づく路線価は、市場取引価格の八割程度で算定されます。しかし建物の固定資産税評価は経年で大きく減価し、築30年以上になると評価額がゼロ近くまで下がる例も珍しくありません。そのため、土地が広く都心部にある物件ほど評価額が高くなり、建物部分の減価と相殺できずに相続税が重くなる傾向があります。
一方で、相続開始後に慌てて売却しようとしても、時間的な制約や共有者間の調整で思うように進みません。評価と実勢のギャップを理解し、早めに対策を検討することが家族間トラブルを防ぐ第一歩になります。また、被相続人の生前に贈与や共有持分の整理を行う場合は、贈与税や登録免許税も生じるため、総合的なシミュレーションが不可欠です。
重要なのは、評価額そのものを下げる方法と、納税資金を確保する方法を分けて考える点です。評価額を下げる代表的な手段が賃貸経営への転用であり、納税資金確保には生命保険や借入を組み合わせる方法があります。築30年以上の物件は新築に比べて収益率が高くなる場合も多く、相続対策とキャッシュフロー改善を同時に実現できる可能性があります。
築30年以上の賃貸需要と収益構造

ポイントは、古い物件でも立地とターゲットが合えば安定した賃料を確保できることです。国土交通省の『賃貸住宅市場の実態調査(2024年度)』によると、築30年以上のマンションの平均入居率は全国で83%、政令指定都市では88%に達しています。背景には、家賃を抑えたい若年層や単身高齢者の需要が増えていることが挙げられます。
しかし、築古物件は修繕費がかさむ点が課題となります。総務省の『住宅・土地統計調査』では、築30年以上の賃貸住宅オーナーが年間家賃収入の14%を修繕費に充当しているとのデータがあります。つまり、家賃収入と修繕費のバランスを見極めたうえで、過度なリフォームを避ける計画が不可欠です。
実は、修繕費を一気に計上できる点が税務上のメリットになります。例えば屋上防水や給排水管更新など、耐用年数が一年未満の修繕はその年の必要経費として全額損金算入できます。これにより、相続開始前の課税所得を圧縮し、所得税・住民税も軽減されます。賃貸化による貸家建付地の評価減(約20%)と組み合わせると、相続税評価を大幅に下げつつ、家賃収入で納税資金を確保するダブルの効果が期待できます。
一方で、空室リスクを軽視するのは危険です。築年数よりも住戸面積や駅距離が成約に与える影響が大きいと日本不動産研究所は報告しています。リフォーム費用を抑えながら、水回りやネット環境の改善といったニーズに的確に応えることで、築年数ハンディをカバーできる点を意識しておきましょう。
リノベーションと減価償却を組み合わせた節税
基本的に、築30年以上の物件は法定耐用年数を過ぎているため、取得後の減価償却期間が短い点が特徴です。例えば鉄筋コンクリート造(法定耐用年数47年)を築35年で取得した場合、償却期間は残存年数÷2=6年となります。この短期償却を活用すると、取得費用を早期に経費化でき、相続対策だけでなく所得税の節税効果も大きくなります。
ここで、2025年度も継続している「長期優良住宅化リフォーム推進事業」が役立ちます。耐震補強や省エネ改修を行い基準を満たせば、工事費の三分の一(上限250万円)が補助されます。補助金を受け取るとその額は取得価額から控除されますが、総工費が抑えられ減価償却による節税効果は維持できます。また、性能向上により家賃設定を1割程度引き上げられるケースもあり、キャッシュフロー改善に直結します。
さらに、リノベーション費用の一部を金融機関から調達する場合、利払いを経費化することで損益計算書上の利益を抑えられます。将来の売却益に対する譲渡所得税を考えれば、保有期間中にしっかり費用を載せておく方がトータル税負担を下げられる可能性があります。言い換えると、リノベーションは「資産価値の維持」と「税負担の平準化」を同時に実現する有効な手段と言えるのです。
2025年度の有効な相続税特例の活用法
重要なのは、現行制度を正しく理解し、適用要件を早めに満たしておくことです。2025年度も適用される「小規模宅地等の特例」は、自宅や賃貸物件の敷地について、最大80%の評価減を受けられる制度です。ただし、亡くなった後に人が住んでいないと特例が使えないケースもあるため、親が老人ホームに入居するタイミングなどで要件を慎重に確認しましょう。
また、「相続時精算課税制度」を利用すれば、最大2,500万円まで非課税で生前贈与が可能です。築30年以上の物件をあらかじめ子世代へ移転し、リノベーション費用や修繕計画を若い世代で実行することで、資産形成と節税を同時に進められます。加えて、同制度で贈与した後に賃貸化すると、貸家建付地評価が適用され、相続時の負担をさらに抑える効果が期待できます。
一方で、特例は重複適用に制限があるため注意が必要です。たとえば小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減は併用できますが、宅地評価減の面積上限(330㎡)を超えると減額割合が下がります。制度ごとの上限や要件を税理士に確認しながら、複数年にわたる計画を立てることが失敗を防ぐコツです。
失敗しないための運用・出口戦略
まず押さえておきたいのは、相続発生後に「売る」「貸す」「残す」の選択肢を明確にしておくことです。国土交通省の『不動産取引価格情報』によれば、築30年以上の区分マンションでも大規模修繕実施直後は市場価格が平均12%上昇しています。逆に、修繕歴が曖昧な物件は買い手から値下げ圧力を受けやすく、短期売却で想定より手取りが減るケースが目立ちます。
売却を視野に入れる場合は、インスペクション(建物状況調査)を事前に行い、修繕計画書を提示できる状態にしておくと、価格交渉を優位に進められます。また、賃貸経営を継続する場合でも、出口として「一定利回りでの収益売却」を組み込んでおくと、マーケットが良いタイミングで手放す判断がしやすくなります。
一方で、物件を残して子や孫に承継させる場合は、管理会社の選定と修繕積立金の確保が欠かせません。日本賃貸住宅管理協会の調査では、自主管理物件の修繕積立率は管理委託物件の二分の一以下にとどまり、十年後の維持費が急増する傾向が確認されています。家族が不動産経営の経験に乏しい場合は、家賃送金や修繕手配を含む一括管理契約を組む方が安心です。
結論として、築30年以上の不動産は「相続前の仕込み」と「相続後のシナリオ」をセットで考えるほど成果が高まります。相続対策は法律・税制・市場動向が絡む総合格闘技ですから、専門家チームと定期的に情報を更新し、柔軟に対応できる体制を整えておきましょう。
まとめ
この記事では、築30年以上の不動産を相続する際に、評価額の仕組み、賃貸需要、リノベーションと減価償却の節税効果、2025年度の主要特例、そして出口戦略までを一気通貫で整理しました。要点は、早期の賃貸化で評価を下げつつ現金収入を確保し、補助金や短期償却を活用して税負担を平準化することです。そのうえで、売却・保有・承継の各シナリオを数値で比較し、家族全員が納得できる合意形成を図りましょう。行動を先送りせず、まずは専門家と資産診断を行うことが、将来の安心と家族の笑顔につながります。
参考文献・出典
- 国税庁 – https://www.nta.go.jp
- 国土交通省「賃貸住宅市場の実態調査」 – https://www.mlit.go.jp
- 総務省統計局「住宅・土地統計調査」 – https://www.stat.go.jp
- 日本不動産研究所「不動産投資家調査」 – https://www.reinet.or.jp
- 日本賃貸住宅管理協会 – https://www.jpm.jp