賃貸物件のオーナーとして、入居者との契約更新を拒絶したいと考えたことはありませんか。家賃滞納が続いている、近隣トラブルを起こしている、あるいは建物の建て替えを計画しているなど、様々な理由で更新を拒絶したい場面があるでしょう。しかし、日本の借地借家法では入居者の権利が強く保護されており、簡単には更新拒絶できないのが現実です。この記事では、更新拒絶が認められる条件や正当事由の作り方、実務上の注意点について、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。適切な知識を身につけることで、トラブルを避けながら円滑な賃貸経営を実現できるようになります。
更新拒絶の基本ルールと借地借家法の仕組み

賃貸借契約の更新拒絶は、借地借家法という法律によって厳しく制限されています。この法律は入居者の居住権を保護するために作られており、オーナー側が一方的に契約を終了させることは原則として認められていません。
普通借家契約の場合、契約期間が満了しても入居者が住み続けることを希望すれば、自動的に契約が更新される「法定更新」という仕組みがあります。オーナーが更新を拒絶するためには、契約期間満了の6ヶ月前から1ヶ月前までの間に「更新拒絶通知」を行い、かつ「正当事由」が必要になります。この正当事由がなければ、更新拒絶は法的に無効となってしまいます。
正当事由とは、オーナー側に契約を終了させる合理的な理由があることを指します。単に「別の入居者に貸したい」「家賃を上げたい」といった経済的な理由だけでは認められません。裁判所は入居者の生活基盤を守ることを重視するため、オーナー側には相当に重い立証責任が課されています。
国土交通省の調査によると、更新拒絶に関する紛争は年間約2000件発生しており、そのうち約70%でオーナー側の主張が認められていません。つまり、更新拒絶は法的に非常にハードルが高い手続きであることを理解しておく必要があります。
正当事由として認められる4つの要素

借地借家法第28条では、正当事由を判断する際に考慮すべき要素が定められています。これらの要素を総合的に評価して、裁判所は更新拒絶の可否を判断します。
第一の要素は「建物の使用を必要とする事情」です。オーナー側と入居者側、それぞれがその建物を必要とする度合いを比較します。たとえば、オーナーが高齢で住む場所がなく、自己使用する必要性が高い場合は正当事由として認められやすくなります。一方、入居者が長年住んでおり生活基盤が確立している場合は、入居者側の必要性が高いと判断されます。
第二の要素は「建物の賃貸借に関する従前の経過」です。契約期間の長さや家賃の支払い状況、過去のトラブルの有無などが考慮されます。入居者が家賃を滞納していたり、契約違反を繰り返していたりする場合は、オーナー側に有利な事情となります。逆に、長期間にわたって良好な関係が続いていた場合は、更新拒絶が認められにくくなります。
第三の要素は「建物の利用状況」です。建物が老朽化して危険な状態にある場合や、入居者が建物を適切に使用していない場合は、正当事由として考慮されます。国土交通省の基準では、築40年以上で耐震基準を満たしていない建物については、建て替えの必要性が認められやすい傾向にあります。
第四の要素は「立退料の提供」です。これは正当事由を補完する重要な要素として位置づけられています。オーナー側の事情だけでは正当事由として不十分な場合でも、適切な立退料を提供することで、正当事由が認められる可能性が高まります。
立退料の相場と計算方法
立退料は正当事由を補完する最も実効性の高い手段です。裁判所も立退料の提供を重視しており、適切な金額を提示することで更新拒絶が認められるケースが増えています。
立退料の相場は物件の立地や入居期間によって大きく異なりますが、一般的には以下の要素を合計して算出します。まず引越し費用として30万円から50万円程度が基本となります。これには引越し業者への支払いだけでなく、新居の敷金・礼金・仲介手数料も含まれます。
次に、営業補償や移転による損失の補填があります。店舗や事務所の場合は、移転期間中の営業損失や顧客離れによる損害を考慮する必要があります。住宅の場合でも、通勤時間の増加や生活環境の変化による不利益を金銭的に評価します。この部分は家賃の6ヶ月分から12ヶ月分程度が目安となります。
さらに、居住権の対価として家賃の12ヶ月分から24ヶ月分程度を上乗せするケースが多くなっています。特に長期間居住している入居者や、高齢者など再入居が困難な入居者に対しては、より高額な立退料が必要になります。
東京地方裁判所の判例を分析すると、都心部のワンルームマンションで平均150万円から300万円、ファミリータイプで300万円から600万円、店舗では500万円から1000万円以上の立退料が認められています。ただし、これはあくまで目安であり、個別の事情によって大きく変動します。
立退料の交渉では、最初から上限額を提示するのではなく、段階的に金額を引き上げていく戦略が有効です。また、一括払いだけでなく、分割払いや新居の斡旋といった柔軟な対応も検討する価値があります。
更新拒絶の手続きと必要な書類
更新拒絶を実行する際は、法律で定められた手続きを正確に踏む必要があります。手続きに不備があると、更新拒絶自体が無効になってしまうため、細心の注意が必要です。
まず、契約期間満了の6ヶ月前から1ヶ月前までの間に、書面で更新拒絶の通知を行います。この通知には「更新を拒絶する旨」と「正当事由の具体的な内容」を明記しなければなりません。口頭での通知は法的に無効ですので、必ず内容証明郵便で送付することをお勧めします。
更新拒絶通知書には、以下の内容を記載します。契約の特定情報として物件の住所、契約者名、契約日、契約期間満了日を明記します。次に、更新を拒絶する旨を明確に記載し、正当事由の具体的な理由を詳しく説明します。さらに、立退料を提供する場合はその金額と支払い条件も記載します。
通知書と併せて、正当事由を裏付ける資料を準備します。建物の老朽化を理由とする場合は、建築士による診断書や耐震診断の結果を添付します。自己使用を理由とする場合は、現在の住居の状況や家族構成を説明する資料が必要です。家賃滞納を理由とする場合は、滞納の記録や督促状の写しを用意します。
通知後は入居者との交渉期間に入ります。この期間中に立退料の金額や退去時期について話し合いを行います。交渉が難航する場合は、弁護士に依頼して調停や訴訟に進むことも検討します。ただし、訴訟には時間と費用がかかるため、できる限り話し合いでの解決を目指すべきです。
更新拒絶が認められやすいケースと認められにくいケース
実務上、更新拒絶が認められやすいケースにはいくつかの典型的なパターンがあります。これらのケースでは、裁判所も正当事由を認める傾向が強くなります。
最も認められやすいのは、建物が著しく老朽化しており、安全上の問題がある場合です。築50年以上で耐震基準を満たしておらず、大規模修繕や建て替えが必要な状況では、正当事由が認められる可能性が高くなります。特に、行政から是正勧告を受けている場合や、専門家から危険性を指摘されている場合は、強力な根拠となります。
次に認められやすいのは、入居者側に重大な契約違反がある場合です。家賃を3ヶ月以上滞納している、無断で転貸している、近隣に迷惑をかけ続けているといった状況では、信頼関係が破壊されたとして更新拒絶が認められます。ただし、これらの事実を客観的な証拠で示す必要があります。
オーナー自身や親族が建物を使用する必要性が高い場合も、正当事由として認められやすくなります。たとえば、オーナーが高齢で介護が必要になり、子供の近くに住む必要がある場合や、事業の拡大で自社ビルとして使用する必要がある場合などです。ただし、単なる希望ではなく、具体的な必要性を示す必要があります。
一方、更新拒絶が認められにくいケースもあります。最も典型的なのは、より高い家賃で貸したいという経済的理由のみの場合です。これは正当事由として認められません。また、入居者が長期間居住しており、高齢であったり、病気を抱えていたりする場合は、入居者側の必要性が高いと判断され、更新拒絶が認められにくくなります。
建物の老朽化を理由とする場合でも、修繕で対応可能な程度であれば、正当事由として不十分と判断されることがあります。裁判所は、建て替えの必要性が本当にあるのか、修繕では対応できないのかを厳しく審査します。
定期借家契約という選択肢
更新拒絶の問題を根本的に解決する方法として、定期借家契約の活用があります。これは契約期間が満了すれば確実に契約が終了する仕組みで、正当事由は不要です。
定期借家契約では、契約期間を自由に設定できます。1年でも5年でも10年でも可能です。契約期間が満了すれば、オーナーは理由を問わず契約を終了させることができます。ただし、契約期間満了の6ヶ月前から1ヶ月前までの間に、終了通知を行う必要があります。
定期借家契約を締結する際は、いくつかの要件を満たす必要があります。まず、契約書とは別に「定期借家契約である旨」を記載した書面を交付し、説明しなければなりません。この説明を怠ると、契約は普通借家契約とみなされてしまいます。また、契約は必ず書面で行う必要があり、口頭での契約は無効です。
定期借家契約のメリットは、契約期間が明確で、将来の計画が立てやすいことです。建て替えや売却の予定がある場合、あるいは一定期間だけ賃貸したい場合に適しています。また、入居者の選別がしやすく、問題のある入居者を長期間抱えるリスクを避けられます。
デメリットとしては、家賃が普通借家契約より10%から20%程度低くなる傾向があることです。入居者にとっては更新の保証がないため、その分を家賃で調整する必要があります。また、優良な入居者を長期間確保しにくいという面もあります。
国土交通省の統計によると、2026年現在、新規契約の約30%が定期借家契約となっており、特に都心部の新築物件では50%以上が定期借家契約を採用しています。今後も定期借家契約の利用は増加していくと予想されます。
更新拒絶をめぐるトラブルと対処法
更新拒絶をめぐっては、様々なトラブルが発生する可能性があります。これらのトラブルを未然に防ぎ、適切に対処することが重要です。
最も多いトラブルは、入居者が退去を拒否するケースです。更新拒絶通知を送っても、入居者が応じない場合、オーナーは法的手続きを取らざるを得ません。まずは内容証明郵便で再度通知を行い、それでも応じない場合は、弁護士に依頼して調停を申し立てます。調停でも解決しない場合は、訴訟に進むことになります。
訴訟では、オーナー側が正当事由の存在を立証する責任を負います。証拠資料を十分に準備し、法廷で説得力のある主張を展開する必要があります。訴訟には通常6ヶ月から1年程度の期間がかかり、弁護士費用も50万円から100万円程度必要になります。
立退料の金額をめぐるトラブルも頻繁に発生します。オーナー側が提示する金額と入居者側が要求する金額に大きな開きがある場合、交渉が長期化します。このような場合は、不動産鑑定士に立退料の適正額を算定してもらうことが有効です。第三者の専門家による評価があれば、交渉がスムーズに進むことが多くなります。
更新拒絶通知の手続きに不備があり、通知自体が無効になるトラブルもあります。通知期間を守らなかった、書面で通知しなかった、正当事由を具体的に記載しなかったなどの理由で、通知が無効と判断されることがあります。この場合、改めて次の更新時期まで待たなければならず、時間と費用の無駄になります。
トラブルを避けるためには、専門家のアドバイスを受けることが重要です。弁護士や不動産コンサルタントに相談し、法的に問題のない手続きを踏むことで、リスクを最小限に抑えられます。また、入居者との良好なコミュニケーションを保ち、誠実な対応を心がけることも大切です。
まとめ
賃貸物件の更新拒絶は、借地借家法によって厳しく制限されており、正当事由がなければ認められません。正当事由として認められるためには、建物の使用必要性、従前の経過、建物の利用状況、立退料の提供という4つの要素を総合的に満たす必要があります。
特に立退料は正当事由を補完する重要な要素であり、適切な金額を提示することで更新拒絶が認められる可能性が高まります。相場は物件の種類や立地によって異なりますが、住宅で150万円から600万円程度、店舗ではそれ以上の金額が必要になることが多いです。
更新拒絶の手続きは、契約期間満了の6ヶ月前から1ヶ月前までに書面で通知を行い、正当事由の具体的な内容を明記する必要があります。手続きに不備があると通知自体が無効になるため、専門家のアドバイスを受けながら慎重に進めることが重要です。
将来的に確実に契約を終了させたい場合は、定期借家契約の活用も検討する価値があります。定期借家契約であれば正当事由は不要で、契約期間満了時に確実に契約を終了できます。
更新拒絶は法的にハードルが高い手続きですが、適切な知識と準備があれば、トラブルを避けながら円滑に進めることができます。入居者との誠実なコミュニケーションを保ちながら、専門家のサポートを受けて対応することをお勧めします。
参考文献・出典
- 法務省 – 借地借家法の解説 https://www.moj.go.jp/
- 国土交通省 – 賃貸住宅管理業法と関連制度 https://www.mlit.go.jp/
- 東京地方裁判所 – 不動産関係判例集 https://www.courts.go.jp/
- 公益財団法人日本賃貸住宅管理協会 – 賃貸住宅管理の実務 https://www.jpm.jp/
- 一般財団法人不動産適正取引推進機構 – 不動産取引の紛争事例 https://www.retio.or.jp/
- 国土交通省 – 令和5年度住宅市場動向調査 https://www.mlit.go.jp/statistics/
- 東京都都市整備局 – 賃貸住宅紛争防止条例の解説 https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/