「これから家賃は上がるのか、それとも下がるのか」という疑問は、賃貸経営を考える人にとっても、これから物件を探す人にとっても切実なテーマです。実際の家賃データを見ると、都市部を中心に上昇が続いている一方、地域や物件タイプによっては横ばいや下落の兆しもあり、一言で片づけられる状況ではありません。この記事では、消費者物価指数や世帯数の将来推計、住宅着工や空き家といった公的データをもとに、2030年に向けた家賃の見通しを整理します。そのうえで、地域ごとの「勝ち負け」や、金利1.0%という環境下での投資判断のポイントまで具体的に解説していきます。
今の家賃はどうなっている?データで見る現状
まず、家賃を語るうえで押さえておきたいのが、指標によって示す数字が異なるという点です。総務省の消費者物価指数(CPI)が示す「民営家賃」は、既存の契約も含めた実際に支払われている家賃の平均に近い性格を持ちます。この民営家賃は近年、緩やかな上昇を示しており、日本全体で見れば家賃は上昇しているものの、その伸びは比較的ゆるやかなのが実態です。
一方で、新しく募集されている「募集家賃」は、これよりはるかに勢いよく上がっています。アットhome の調査によると、マンションの募集家賃は首都圏全エリアと名古屋市・京都市・大阪市・神戸市・福岡市の計10エリアで、すべての面積帯が前年同月を上回りました。特に東京23区のシングル向けマンションは募集家賃が上昇を示しており、小面積物件では前年同月比で大きな上昇を記録しています。既存契約を含むCPIが緩やかなのに、新規募集は大きく上昇という差は、契約更新のタイミングで少しずつしか反映されない家賃の性質をよく表しています。
さらに注意したいのが、募集家賃と実際に成約する価格の差です。LIFULL HOME’S の集計では、東京23区シングルの掲載賃料と問い合わせが入った反響賃料の間に大きな開きが見られました。ファミリー向けでも掲載賃料と反響賃料には同様に大きな差があり、募集の希望額とユーザーが受け入れる価格には開きがあります。募集家賃だけを見て「これだけ取れる」と判断すると、現実とのギャップに苦しむことになりかねません。
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なぜ家賃は上がっているのか:背景にあるコストと供給
家賃上昇の背景を理解するうえで欠かせないのが、賃貸経営にかかるコストの増加です。LIFULL は、固定資産税・都市計画税、修繕やメンテナンスの費用、そして金利負担の増加を挙げ、これらのコスト上昇が家賃に転嫁されていると分析しています。加えて、都心部を中心に賃料を改定しやすい定期借家契約が増えていることも、上昇局面が続く要因として指摘されています。同社は、こうした条件がそろっていることから、賃料の上昇局面は2026年も継続すると想定しています。
供給側の事情も家賃を下支えしています。国土交通省の建築着工統計によると、令和7年の新設住宅着工戸数は740,667戸で前年比6.5%減となり、3年連続の減少でした。賃貸物件にあたる貸家も324,991戸で前年比5.0%減と、こちらも3年連続で減っています。新しく供給される賃貸住宅が細っていけば、需要が一定であっても既存物件の希少性は高まり、家賃は下がりにくくなります。実際に、都市部で家賃が上がり続けている背景には、この供給の減少も大きく影響しています。
ただし、供給が全体として過剰であることも忘れてはいけません。総務省の令和5年住宅・土地統計調査によると、2023年の空き家数は900万2千戸に達し、空き家率は13.8%と過去最高を更新しました。そのうち賃貸用の空き家は385万6千戸で、空き家全体の42.8%を占めています。つまり、家賃が上がるエリアの裏側では、借り手のつかない賃貸住宅が全国に大量に存在しているのです。この「上がる場所」と「余る場所」の二極化こそ、今後の家賃を読むうえでの最大のポイントになります。
2030年に向けた家賃予測:世帯数と人口から読み解く
5年後の家賃を考えるには、賃貸需要の土台となる世帯数の動きを見る必要があります。ここで意外に感じられるかもしれませんが、国立社会保障・人口問題研究所の推計では、全国の一般世帯数は2020年の55,705千世帯から2030年には57,732千世帯へと、むしろ増える見通しです。総人口は2030年に120,116千人、年平均でマイナス0.54%の減少が続くにもかかわらず、世帯数が増えるのは、平均世帯人員が2.21人から2.02人へと下がるためです。単身化が進むことで、人口が減っても世帯の数は増え、賃貸需要の器そのものは2030年まで縮まないという構図になっています。
この動きには明確な地域差があります。東京の一般世帯数は2020年の7,217千世帯から2030年には7,710千世帯へ増える推計で、需要が強い代表例といえます。大阪も4,127千世帯から4,215千世帯へと増える見通しで、少なくとも2030年までは需要の底割れを前提に語るべきではありません。重要なのは、こうした強さが大都市だけの話ではないという点です。福岡は2,318千世帯から2,426千世帯、沖縄は613千世帯から666千世帯へと増える推計で、地方であっても伸びる地域は確かに存在します。
その一方で、弱い地域もはっきりしています。北海道は2020年の2,469千世帯から2030年には2,435千世帯へと減る推計です。全国平均の世帯数が増えるからといって、すべての地域で賃貸需要が増えるわけではありません。全国平均だけで地方の家賃を語ると判断を誤りやすく、都道府県ごとの世帯数推計まで踏み込んで「勝ち負けの地図」を描くことが欠かせません。
この地域差は、募集家賃の実態にも表れています。福岡市は2025年の1年間でシングル向けの掲載賃料が58,833円から72,397円へと23.1%も上昇し、ファミリー向けも116,273円から138,876円へ19.4%上がりました。東京23区や大阪市を上回る上昇率で、世帯数が増える地方都市が家賃面でも力強さを見せていることがわかります。都市による水準差も大きく、同じ30㎡以下のマンション募集家賃でも、時点によって東京23区、大阪市、福岡市、札幌市で倍以上の開きがあります。
これらのデータを総合すると、2030年に向けた家賃予測は「一律に上がる」でも「一律に下がる」でもありません。東京・大阪・福岡・沖縄のように世帯数が増える地域では、供給の減少やコスト上昇も相まって家賃が上がりやすい環境が続くと考えられます。逆に北海道のように世帯数が減る地域では、空き家の多さと相まって下落圧力が働きやすくなります。ただし、これは大きな傾向であり、個別の物件やエリアの動向は需給や競合によって異なるため、最新情報は各公的機関の公式サイトで確認することが大切です。
再開発で家賃は本当に上がるのか
「再開発が決まれば家賃が上がる」というイメージは根強く、投資の動機になりがちです。確かに、駅前の再開発で商業施設や公共施設が整備されれば、そのエリアに住みたいと考える人が増え、需要増を通じて家賃が上がる可能性はあります。ポイントは、再開発そのものが直接家賃を押し上げるのではなく、街の利便性やブランド価値が高まることで需要が動き、結果として家賃に反映されるという順序を理解しておくことです。
しかし、再開発が必ず成功するとは限りません。むしろ注意すべきは、募集家賃が上がっても、それを支える借り手の受容価格が追いついていないケースです。前述のとおり、東京23区でも掲載賃料と反響賃料には開きがあります。再開発で新築が一斉に供給され、周辺のオーナーが強気の募集家賃を設定しても、入居者が受け入れる水準を超えれば空室が長引き、最終的には値下げを迫られます。人口や世帯数が減っている地域での大規模開発は、空き家率13.8%という全国的な供給過剰と重なり、需給バランスを崩すリスクが特に高いといえます。
また、オフィスや商業施設の再開発が、必ずしも住宅需要に直結しない点も見落とせません。企業が移転してきても、従業員が別のエリアから通勤を選べば賃貸需要は増えません。近年はテレワークの浸透で職住近接のニーズも一様ではなくなっており、開発の内容がその地域の賃貸需要と合致しているかを冷静に見極める必要があります。再開発という言葉に引きずられず、あくまで世帯数の推移と実際に成約する家賃水準に立ち返って判断することが重要です。
家賃は自由に上げられるのか:知っておきたい法制度
相場が上がっても、既存の入居者の家賃をすぐに引き上げられるわけではありません。ここで関わってくるのが借地借家法です。同法32条は、租税その他の負担の増減、土地建物の価格変動その他の経済事情の変動、あるいは近傍同種の建物の家賃との比較で家賃が不相当になったとき、当事者は将来に向かって家賃の増減を請求できると定めています。固定資産税の上昇や周辺相場の上昇があれば増額請求の根拠にはなりますが、あくまで請求であって、話がまとまらなければ最終的には交渉や調停の問題になります。つまり、募集家賃が上がっても、在来の入居者から得られる家賃はゆるやかにしか動かないのが実務です。
この制約を踏まえ、都心部で増えているのが定期建物賃貸借(定期借家)契約です。国土交通省の解説によると、定期借家契約を結ぶには、契約期間を定めること、公正証書などの書面で契約を締結すること、そして賃貸人が契約書とは別に、締結前に事前説明文書を交付して説明することが必要とされています。契約期間の満了で確定的に終了するため、更新のたびに市場に合わせて家賃を見直しやすくなります。賃料改定をしやすい定期借家の増加が、募集家賃の上昇を後押ししているという先の分析とも符合します。
投資判断で確認すべきポイント:金利1.0%環境をどう見るか
賃貸経営や不動産投資を検討するなら、家賃の見通しに加えて資金調達の条件を同じ重さで見る必要があります。2026年7月31日時点で、日本銀行の金融市場調節方針は無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.75%程度で推移するよう促す内容でした。ゼロ金利が長く続いた時代とは異なり、借入コストが利回りを圧迫しやすくなっているため、金利前提を甘く見積もった収支計画は危険です。
融資条件は金融機関によって大きく異なります。複数の金融機関の融資条件を比較すると、金利や融資割合(LTV)の設定に幅があることがわかります。同じ物件でも、どこから借りるかで自己資金の量も月々の返済額も大きく変わります。金利が1%違えば返済負担は年間で数十万円単位で変動するため、家賃収入が返済をどれだけ上回るかという余裕をあらかじめ厚めに見込んでおくことが欠かせません。
そのうえで確認したいのが、そのエリアの世帯数が2030年に向けて増えるのか減るのか、そして既存物件の空室状況です。全国の賃貸用空き家が385万6千戸に上る現状では、需要の裏付けのないエリアで強気の家賃を前提にすると、空室が収支を直撃します。募集家賃ではなく、実際に成約に近い反響賃料の水準で収支が回るかを試算し、金利や税負担、修繕費まで織り込んで初めて、現実的な投資判断ができるといえます。
まとめ:家賃の二極化を前提に判断する
今後の家賃を一言で言えば、「全国一律ではなく、地域と物件で二極化する」という表現がもっとも実態に近いといえます。CPIの民営家賃は緩やかに上昇し、東京や福岡のように世帯数が増える地域では募集家賃が大きく伸びる一方、世帯数が減る地域では空き家の多さもあって下落圧力が強まります。募集家賃と成約に近い反響賃料の差、コスト増を背景とした上昇、そして借地借家法や定期借家といった制度まで含めて理解することが、家賃の行方を見誤らない鍵です。数値は時点によって変わるため、投資や賃貸経営の判断にあたっては、必ず最新の公的データを各機関の公式サイトで確認し、個別事情に応じて慎重に検討してください。
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
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