事業用不動産への投資を検討するうえで、空室率は収益性を左右する最重要指標です。しかし同じ「空室率」でも、算出方法や調査機関によって数値が数パーセント単位で変わることは意外と知られていません。2026年のオフィス市場は歴史的な低水準へと改善が進んでいますが、その数字を正しく読み解くには、まず定義の理解が欠かせません。
この記事では、空室率の算出方法と稼働率との違いを整理したうえで、賃料の転換点を示す中立空室率、札幌・仙台を含む6大都市の比較、そして空室率が反転したときの読み方までを解説します。基礎から市況分析、REIT評価の視点までを一気通貫でお伝えし、他所を見に行かなくて済む内容を目指します。
事業用不動産の空室率とは|算出方法と調査機関ごとの定義差
空室率とは、賃貸できる床面積のうち、実際に空いている面積の割合を示す指標です。基本の計算式は「空室面積÷賃貸可能面積×100」で表されます。ここで注意したいのが分母の取り方です。分母に募集可能な「賃貸可能面積」を使う場合と、共用部を含む「延床面積」を使う場合では、同じビルでも数値が変わってきます。一般的な市場統計では賃貸可能面積を分母に取るため、比較する際は前提をそろえることが欠かせません。
算出の切り口も一つではありません。実務では面積ベース、区画(戸数)ベース、賃料ベースという三つの方法が使い分けられています。面積ベースは物理的な空きの大きさを、区画ベースは募集にかかる手間の多さを、賃料ベースは収益へのインパクトをそれぞれ表しています。同じ空室でも、どの問いに答えたいかで見るべき指標が変わるのです。投資家として収益性を重視するなら、賃料ベースの視点を持つことが有効です。
稼働率と空室率の関係にも誤解が生じやすい点があります。単純には「稼働率=100%−空室率」ですが、REITが月次で開示する稼働率とマーケット全体の空室率は、そのまま比較できません。REITの稼働率は保有物件ポートフォリオを賃料ベース・期末時点で捉えたものであるのに対し、マーケット空室率は調査対象ビル群を面積ベースで捉えたものだからです。前提が異なる数字を並べても、実態は見えてきません。
さらに、調査機関ごとに対象とするビルの基準が異なる点も押さえておきましょう。三鬼商事はオフィスマーケット調査において、空室率を「総貸室面積に対する募集床面積の割合」と定義し、退去前の面積も募集床面積に含めています。一方でCBREはグレードAやオールグレードといった区分で、JLLはAグレード中心で集計しており、対象ビルの範囲が違います。その結果、同じ時期でも数値が数パーセント単位でずれることがあります。REITの物件がどのグレード帯に位置するかを意識すると、どの調査を参照すべきかが見えてきます。
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2026年の事業用不動産の空室率は歴史的低水準へ
まず押さえておきたいのは、2026年のオフィス空室率が大きく改善しているという事実です。三鬼商事の調査によると、東京都心5区の平均空室率は近年の調査で極めて低い水準まで低下しました。オフィスビルの健全な運営が可能とされる5%の基準を大きく下回っており、需給バランスが貸手優位に傾いていることを示しています。CBREの調査でも、東京のオールグレードオフィス空室率は2026年第2四半期に1.4%へ低下し、増床やグレードアップを目的とした移転が吸収を支えていると報告されています。
この平均値の内側には明確な二極化が潜んでいます。竣工直後のビルはテナント募集の途上にあるため一時的に空室が多く見えますが、既存の稼働済みビルはほぼ満室に近い状態にあります。この構造を理解しないと、平均値だけを見て市場を誤解してしまいます。企業が従業員の働きやすさや生産性を重視した質の高いオフィスを求めるようになり、物件グレードによる空室率の格差が定着しているのです。
賃料も上昇基調が続いています。CBREによると、東京オフィスでは2026年第2四半期に全グレードで賃料が上昇し、Grade Aは前期比4.3%、Grade A-は4.7%上昇しました。空室が減るなかで貸手が強気の価格設定に転じており、収益性の面でも追い風が吹いています。重要なのは、空室率の数値そのものよりも、その背景にある市場構造を理解することです。優良物件への需要が旺盛である一方、競争力の低い物件は苦戦するという構図が鮮明になっています。
働き方の変化がオフィス需要を根本から変えた
働き方改革とテレワークの定着により、企業がオフィスに求める機能は根本的に変わりました。従来のオフィスは個人が作業を行う場所という位置づけでしたが、現在は「コミュニケーションとイノベーションの場」として再定義されています。この認識の変化が、オフィス需要の質的転換をもたらしています。
この変化を象徴するのが、フリーアドレス制やコワーキングスペースの普及です。固定席を廃止し、用途に応じて働く場所を選べる設計が主流になりつつあります。その結果、広めの共用スペースや会議室を備えた物件への需要が高まっています。環境性能への関心も高まっており、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視した投資)の観点から、省エネ性能の高いビルが選好される傾向が強まっています。
立地に対する考え方にも変化が見られます。従来は駅からの距離が最重要視されていましたが、現在は周辺環境の充実度も重視されるようになりました。カフェやレストラン、公園などが近く、従業員がリフレッシュできる環境が整ったエリアの人気が高まっています。オフィスを単なる作業場所ではなく、働く人の生活の質を高める場所として捉える企業が増えていることの表れです。人材確保の観点から、働く場所の質が採用競争力に直結すると考える企業が増えているのです。
中立空室率で見る需給バランス|賃料が上がる/下がる分水嶺
空室率を投資判断に活かすうえで欠かせないのが、中立空室率という考え方です。中立空室率とは、それを下回ると賃料が上昇に転じ、上回ると下落に転じる需給の分水嶺を指します。よく「5%が健全」と語られますが、実際の転換点は一律ではありません。賃料が動く境目は都市やグレードごとに異なるため、絶対値だけで判断すると誤ります。
閾値が都市やグレードによって違う理由は、大きく三つあります。まず供給パイプラインの厚みです。今後の新規供給が多いエリアほど、テナントに選択肢が生まれるため賃料は上がりにくくなります。次にテナント層の入替頻度で、入替が活発な市場では賃料改定のチャンスが増えます。そして賃料の粘着性です。契約更新のタイミングが分散していると、市況が改善しても賃料への反映に時間がかかります。
この視点で2026年の各市場を見ると、東京は都心5区で極めて低い水準にあり、賃料上昇余地が大きい局面にあります。CBRE基準のオールグレードでも大阪は1.8%、名古屋は2.0%まで低下しており、いずれも賃料が上がりやすい水準です。名古屋ではGrade Aの想定成約賃料が高い水準に達し、需給の引き締まりが賃料に波及していることがうかがえます。一方、三鬼商事基準で仙台の5.42%や横浜の5.33%は、賃料上昇に転じるにはもう一段の需給改善が必要な水準といえます。
ポイントは、空室率の絶対値ではなく、中立水準との乖離幅と低下スピードで賃料改定の実現可能性を読むことです。REITを評価する際も、保有物件が立地する市場が中立水準をどれだけ下回り、どのくらいの速さで改善しているかを確認すると、分配金成長の余地を見通しやすくなります。
6大都市の空室率・賃料を横並びで比較する
ひとくちに事業用不動産といっても、都市によって空室率には大きな差があります。三鬼商事の2026年8月時点のデータをもとに、主要6都市を横並びで整理すると、都市間のばらつきが一目で分かります。
| 都市 | 平均空室率 | 特徴 |
|---|---|---|
| 東京(都心5区) | 1.87% | 大手企業本社需要が牽引、貸手優位 |
| 大阪(主要6地区) | 3.10% | 回復基調が継続 |
| 名古屋(主要4地区) | 3.55% | 供給を吸収しつつ低下 |
| 福岡(主要6地区) | 4.81% | 天神の再開発が数値に影響 |
| 札幌(主要5地区) | 4.76% | コールセンター・IT需要が下支え |
| 仙台(主要5地区) | 5.42% | 支店経済で景気感応度が高め |
東京と他都市とのスプレッド、つまり賃料格差の倍率にも注目したいところです。都心5区は空室率が2%を切る一方、地方主要都市は3〜5%台にとどまり、賃料水準にも明確な差があります。この格差は景気局面によって拡大したり縮小したりするため、投資対象の市場がどのフェーズにあるかを見極めることが重要です。
地方都市を見る際に注意したいのが、母数の小ささです。札幌や仙台のような都市は対象ビルの数が限られるため、1棟の竣工や大口テナントの退去だけで空室率が大きく振れます。したがって単月の数値に一喜一憂せず、6〜12カ月の移動平均でトレンドを捉えることが欠かせません。都市ごとの需要牽引セクターの違いも見逃せません。札幌はコールセンターやIT、仙台は支店経済が需要を支えており、それぞれ景気の影響の受け方が異なります。地方都市に投資するREITを選ぶ際は、都市単位ではなくエリア単位、さらにビル単位で需給を見極める姿勢が求められます。
オフィス以外の事業用不動産|物流・店舗・ホテルの温度差
事業用不動産はオフィスだけではありません。物流施設、店舗、ホテルはそれぞれ異なる需給環境にあり、REITの投資対象としても性格が大きく違います。この温度差を理解することが、分散投資の質を高めます。
物流施設は地域差が際立っています。CBREによると、2026年第2四半期の大型マルチテナント型物流施設の空室率は、首都圏7.8%、近畿圏2.4%、中部圏15.9%、福岡圏11.4%と大きくばらついています。首都圏の実質賃料は坪あたり4,600円で前期比1.5%上昇した一方、中部圏は供給過多で二桁の空室率が続いています。物流系REITを見る際は、ポートフォリオがどの圏域に偏っているかが分配金の安定性を左右します。実際、日本ロジスティクスファンド投資法人のポートフォリオは高い稼働率と安定した利回りを維持しており、長期契約による安定性が特徴です。
店舗は都心の一等地で需給が極めてタイトです。CBREの調査では、2026年第2四半期の東京ハイストリート店舗は新宿で空室率0.0%、表参道・原宿で0.1%と、空室がほぼ枯渇しています。インバウンド回復と消費の持ち直しが、好立地店舗への需要を押し上げています。ホテルも回復が鮮明で、インヴィンシブル投資法人の国内ホテル101物件では近年の客室稼働率が高い水準に達しており、都心部での需要が特に堅調です。ただしホテルの「客室稼働率」はオフィスの空室率とは別物であり、混同しないよう注意が必要です。
空室率が上昇に転じたときのシグナルと対応
2026年の市況は貸手優位ですが、いつまでも続くとは限りません。投資家として大切なのは、空室率が反転する予兆を早めに察知することです。低水準を前提にした投資判断は、局面が変わったときに大きな痛手を負いかねません。
反転の先行指標として注目したいのが、募集開始面積の増加と成約面積の減少です。新たに市場へ出てくる床が増え、決まる床が減り始めると、需給は緩む方向に向かいます。加えて、フリーレント期間、つまり入居後の一定期間の賃料を無料にする期間が長期化してきたら、貸手が条件を譲歩し始めた合図です。もう一つが二次空室の発生です。これは大型ビルへの移転が進んだ結果、移転元の既存ビルが空くことを指します。
この二次空室は、既存ビルの空室率を押し上げるメカニズムとして重要です。新規供給された大型ビルへ企業が移ると、募集途上の新築ビルの空室は埋まる一方で、退去された既存ビルに空きが生まれます。つまり、新築の吸収が進んでいるように見えても、その裏で既存ビルの空室率が上がることがあるのです。CBREは東京オフィスの2026〜2028年の新規供給を年平均15.3万坪とみており、空室率は1%強で推移する見通しを示していますが、供給の波が空室率に効くまでにはタイムラグがある点に留意が必要です。
空室率が上昇局面に入ったとき、REIT側は保有物件の価値を高めるバリューアップ投資、テナント誘致のためのインセンティブ、競争力の落ちた物件の入替や売却といった手を打ちます。こうした対応の巧拙は、決算説明資料やIR資料の中の稼働率推移、修繕・更新計画、物件入替の方針から読み取れます。実際、東急リアル・エステート投資法人ではオフィス市場の空室率が低い局面で、高い稼働率を維持しており、運用力の高さがうかがえます。
空室率を投資判断に活用するための分析手法
空室率を投資判断に活用する際は、単純な数値だけでなく、その推移と背景を総合的に分析することが重要です。まず注目すべきは空室率のトレンドです。現在の空室率が同じ水準でも、そこへ至る方向性によって評価は大きく変わります。過去数年の推移を確認することで、そのREITの運営能力や市場での競争力を推測できます。
次に、空室率と賃料水準の関係も重要な分析ポイントです。空室率が低くても、賃料を大幅に下げて達成している場合は、実質的な収益性が低下している可能性があります。逆に、適正な賃料を維持しながら低い空室率を実現しているREITは、真の競争力を持つと評価できます。決算資料やIR資料で開示される坪単価の推移を確認することで、この点を検証できます。
将来の新規供給予定も考慮すべき要素です。ただし新規供給は既存物件からの移転需要を生み出す側面もあるため、供給増加を一律にネガティブと捉えるのは適切ではありません。前述の二次空室の発生とあわせて、供給が市場のどこに影響するかを立体的に捉える視点が求められます。
2026年以降の事業用不動産REIT市場の展望
2026年以降のREIT市場は、賃料上昇という追い風のなかで、金利という向かい風と向き合う局面に入っています。まず、市場全体の投資マネーは活況を呈しています。CBREによると、2026年第2四半期の事業用不動産投資額は1兆1,210億円で前年同期比17%増となり、第2四半期として金融危機後で初めて1兆円を超えました。東京のプライムアセットでは同期にオフィス・ホテルの期待NOI利回りが5bps低下し、過去最低を更新しています。
一方で見逃せないのが、J-REITの外部成長の難しさです。同じ調査では、2026年第2四半期のJ-REITによる取得額は1,028億円で前期比78%減となりました。物件価格の高騰で新規取得が難しくなり、資産入替に注力する銘柄が増えているのです。さらに2027年末までの見通しでは、期待利回りの上昇を予想する回答者が前回調査より増えており、金利上昇局面への警戒感がにじんでいます。
したがって、これからの事業用不動産REI選びでは、稼働率の高さだけでなく、賃料増額を実現する運用力と、金利上昇に耐える財務基盤の両面を評価することが求められます。長期契約による安定性や物件入替の巧みさは、開示資料の平均残存年数や資産入替の実績から読み取れます。景気後退により需要が減退するリスクも常に存在するため、オフィス・物流・店舗・ホテルなど異なる性格の資産へ分散し、長期的な視点で投資判断を行うことが大切です。
まとめ
2026年の事業用不動産市場は、働き方の変化を吸収して質の高いオフィスへの需要が回復し、空室率は歴史的な低水準に達しています。東京都心5区の平均空室率は極めて低い水準まで低下し、賃料も上昇基調が続くなど貸手優位の環境が鮮明です。ただし空室率は算出方法や調査機関によって数値が変わり、都市やグレードによる格差も大きい点に注意が必要です。
投資判断においては、空室率の定義とトレンド、中立水準との乖離、賃料水準との関係、そして各REITの財務戦略を総合的に分析することが成功の鍵となります。まずは複数のREITの決算資料や月次稼働率を比較し、稼働率の高さと賃料成長力、財務の健全性を見比べることから始めてみてください。継続的な情報収集と冷静な分析が、長期的な投資成果につながります。
参考文献・出典
- 三鬼商事株式会社 オフィスマーケット(東京・大阪・名古屋・札幌・仙台・横浜・福岡) – https://renew.e-miki.com/
- CBRE Japan Office MarketView 2026 Q2 – https://www.cbre.co.jp/
- CBRE ロジスティクスマーケットビュー/リテールマーケットビュー 2026 Q2 – https://www.cbre.co.jp/
- CBRE ジャパンインベストメントマーケットビュー 2026 Q2/Japan Market Outlook 2026 – https://www.cbre.co.jp/
- 東急リアル・エステート投資法人 稼働率 – https://tokyu-reit.co.jp/
- 日本ロジスティクスファンド投資法人 ポートフォリオデータ – https://8967.jp/
- インヴィンシブル投資法人 運用実績 – https://www.invincible-inv.co.jp/
※本記事は市場データにもとづく一般的な解説であり、特定銘柄への投資を推奨するものではありません。最新の数値や制度情報は各機関の公式サイトでご確認ください。