退職金や預貯金をどう運用すべきか悩む60代は少なくありません。定期預金の金利は低迷が続き、株式市場は値動きが激しく、大切な資産を減らす不安が拭えないのが実情です。こうした中、不動産投資は家賃収入という安定したキャッシュフローを得やすく、年金を補完する手段として注目されています。
もっとも「この年齢でローンは組めるのか」「空室が増えたら生活費はどうなるのか」という疑問が尽きないのも事実でしょう。本記事では慎重論を正面から扱いながら、60代が押さえるべき資金計画、避けるべき投資、他資産との比較、リスク検証までを順序立てて解説します。読み終えるころには、ご自身にとって現実的な判断基準が描けるはずです。
60代の不動産投資は「危ない」のか

まず率直にお伝えすると、60代の不動産投資には年齢特有のリスク構造があります。それは失敗しても就労収入での立て直しが難しいという点です。20代や30代なら赤字を給与で吸収し、時間をかけて挽回できますが、60代は残された就労期間が短く、再起の余地が小さくなります。だからこそ「増やす」よりも「減らさない」姿勢が何より重要になります。
実際の家計状況を見てみましょう。総務省の家計調査報告2025年平均によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯の実収入は月254,395円、可処分所得は221,544円でした。65〜69歳の無職世帯では消費支出が月296,997円に達しており、収入だけでは毎月数万円の不足が生じている実態がうかがえます。ゆとりある生活を望むなら、この差はさらに広がります。
年金額そのものも確認しておく必要があります。日本年金機構によると、2026年度の老齢基礎年金は満額で月70,608円、夫婦2人分を含む標準的な厚生年金額は月237,279円とされています。ただしこの237,279円は平均標準報酬45.5万円で40年間就業した場合のモデル年金であり、個人の受給額そのものではありません。ご自身のねんきん定期便で実額を確認したうえで、不足額を埋める手段として不動産投資が妥当かを判断することが出発点になります。
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始めるべきでない人と、避けるべき投資タイプ

不動産投資は誰にでも勧められるものではありません。特に60代では、次のいずれかに当てはまる方は再考すべきです。退職金の大半を頭金に投入しようとしている、突発的な修繕に備える予備資金が100万円未満しかない、生活費を家賃収入に依存する前提で計画している、そして配偶者が投資内容をまったく把握していない、といったケースです。生活の土台を投資に賭けた時点で、それは資産形成ではなく投機になります。
投資タイプにも明確に避けるべきものがあります。まず短期転売でキャピタルゲイン(売却益)を狙う手法は、価格変動を読み切れない60代には不向きです。次に地方の高利回りをうたう築古一棟物件は、表面利回りが高く見えても人口減少と多額の修繕リスクを抱えます。新築ワンルームをフルローンで買う手法も、購入直後の価格下落が大きく手残りが出にくいため危険です。
さらに注意したいのがサブリース(一括借上げ)を前提にした収支計画です。保証賃料は数年ごとに見直され、当初の想定どおりに続く保証はありません。フルローンやオーバーローンで規模拡大を狙う手法も、60代では返済期間が短縮されるうえに月々の返済額が増えるため、キャッシュフローが赤字化しやすくなります。年齢が上がるほど、レバレッジを効かせるより自己資金を厚くする発想が安全です。
他の資産運用と比べてどうか
不動産投資を検討する前に、他の運用手段との違いを理解しておくことが欠かせません。判断の軸は、流動性、価格変動幅、手間、レバレッジ(借入活用)の可否の4つです。現物不動産はレバレッジを効かせられる一方、価格変動は比較的緩やかですが、手間がかかり、何よりすぐに現金化できず一部だけ売ることもできません。この流動性の低さは、医療費や介護費が急に必要になりやすい60代では致命傷になりかねません。
| 手段 | 流動性 | 価格変動 | 手間 | 借入活用 |
|---|---|---|---|---|
| 現物不動産 | 低い | 中 | 大きい | 可能 |
| J-REIT | 高い | 大きい | 小さい | 不可 |
| 投資信託 | 高い | 大きい | 小さい | 不可 |
| 個人向け国債 | 中 | 小さい | 小さい | 不可 |
もし少額から始めたい、あるいは管理の手間や借入を避けたいのであれば、上場不動産投資信託であるJ-REITや不動産クラウドファンディングという選択肢もあります。数万円から不動産の賃料収益に投資でき、いつでも売却しやすい点が現物との大きな違いです。管理や入居者対応もすべて運用者に委ねられるため、時間を自由に使いたい60代には相性が良い場合もあります。
大切なのは、金融資産全体のどこまでを不動産に振り向けるかという配分です。目安として、生活防衛資金として生活費の2年分と、想定される医療・介護費は必ず現預金で確保し、その残りの範囲内で投資に回すのが安全圏です。手元の資産の大半を1棟の不動産に固定するのは避けるべきで、複数の手段に分けてリスクを分散する姿勢が老後の安心につながります。
表面利回りではなく実質利回りと回収年数で判断する
物件選びで最も陥りやすい失敗が、広告に載る表面利回りをそのまま信じてしまうことです。表面利回りは年間家賃を物件価格で割った数字にすぎず、実際に手元に残る金額を表しません。判断すべきは実質利回りです。計算式は、年間家賃から管理費・修繕積立金・固定資産税・管理委託料・保険料を差し引いた額を、物件価格に諸費用を加えた総額で割ったものになります。
具体例で見てみましょう。3000万円のワンルームで年間家賃150万円なら表面利回りは5%です。しかしここから管理費・修繕積立金で年24万円、固定資産税で年8万円、家賃の5%程度が目安とされる管理委託料で年7.5万円、保険料で年2万円を引くと、手残りは約108万円になります。諸費用を含めた総投資額を3240万円とすれば、実質利回りは約3.3%まで下がります。表面と実質でこれだけ差が出ることを前提に判断しなければなりません。
市場環境も冷静に見る必要があります。不動産投資家調査によると、東京・城南の期待利回りは一般的にワンルームで3%台、ファミリータイプでも3%台の領域にあります。都心部の利回りは3%台の領域に入っており、年金補完の金額を試算する際は、この低利回りを前提に控えめに見積もることが失敗を防ぎます。
もう一つ欠かせない指標が頭金回収年数です。これは投入した自己資金を、年間の手残りキャッシュフローで割って求めます。たとえば自己資金1000万円で年間手残りが50万円なら、回収に20年かかる計算です。60代では、この回収年数が自分の平均余命や健康寿命を超えないかどうかが可否の分かれ目になります。自己資金に対する年間収益の割合を示す自己資金利回り(CCR)も併せて確認し、預貯金より明確に高いかを見極めましょう。
金利上昇・空室・修繕を織り込むストレステスト
楽観的なシミュレーションだけで投資判断をするのは危険です。想定外の事態が起きたときに耐えられるかを検証する、ストレステストが必要になります。借入1800万円を15年返済で組んだケースで、変動金利が1.9%から3.0%に上昇した場合を考えると、月々の返済額はおよそ1万円前後増え、年間キャッシュフローは十数万円悪化します。変動金利で借りるなら、この上振れを吸収できる余裕があるかを事前に確かめておくべきです。
空室リスクも数字で押さえておきましょう。年間の稼働率を95%、90%、85%の3ケースで試算すると、家賃9.5万円の物件では稼働率が5ポイント下がるごとに年間収入が約5.7万円ずつ減っていきます。85%まで落ちれば年間で約17万円の減収となり、返済への影響は無視できません。稼働率90%を割っても赤字転落しない資金設計にしておくことが、精神的な安全装置になります。
長期の収支では、家賃下落と修繕費の増加も織り込む必要があります。家賃は年0.5〜1%程度の下落を見込むのが現実的で、15年後には当初より1割前後下がる想定をしておくべきです。加えて大規模修繕に伴い、修繕積立金が月1万円から2万円へ引き上げられるケースも珍しくありません。これらを反映させた15年シミュレーションを作れば、当初は黒字でも後半で収支が細っていく姿が見えてきます。この現実を直視したうえで判断することが重要です。
資金調達と融資制度のポイント
60代で最も気になるのが、ローンを何歳まで、何年組めるかという点です。金融機関によって条件が大きく異なるため、複数を比較することが欠かせません。公開されている情報を見ると、オリックス銀行の不動産投資ローンでは借入期間が最長35年、完済時年齢は85歳未満までとされています。一方、SMBC信託銀行の提携型ローンでは完済時が満80歳の誕生日までという例が確認できます。
地方銀行の条件も参考になります。金融機関によっては、完済時年齢の上限と築年数に応じた融資期間設定を行っているところがあります。完済時年齢の上限と築年数によって、組める期間が決まる点を理解しておきましょう。
金利差の影響も見逃せません。融資手数料が借入金額の1%程度なら、1800万円の借入で約18万円かかります。金利がわずか0.5%違うだけでも総返済額には数十万円の差が生じるため、メガバンクだけでなく地域密着型の金融機関にも相談する価値があります。一般的に60代なら物件価格の30〜40%を自己資金とし、残りをローンで調達するケースが多く、自己資金比率を高めるほど月々の返済負担と空室時のリスクを抑えられます。
諸費用を含めた初期費用は物件価格の8〜10%が目安です。登記費用、司法書士報酬、事務手数料、火災保険料、仲介手数料などが含まれ、3000万円の物件なら240万〜300万円を見込む必要があります。さらに、エアコンや給湯器の突発的な故障に備え、別途100万円程度の予備資金を確保しておくことを強くお勧めします。
なお、住宅金融支援機構系の「リ・バース60」のような高齢者向け商品は魅力的に見えますが、公式案内では生活資金および投資用物件の取得費用には利用できないと明記されています。自宅の建て替えなど居住用が対象であり、投資物件の資金調達策として当てにするのは誤りです。この用途制限は必ず押さえておいてください。
団体信用生命保険と判断能力低下への備え
60代の融資で見落とされがちなのが、健康状態という制約です。多くの不動産投資ローンには団体信用生命保険(団信)が付き、契約者が死亡した際に残債が保険で完済されます。しかしこの団信には加入可能年齢の上限があり、多くの商品で満70歳前後までとされています。加入時には健康状態の告知が求められ、引受基準を満たさなければ加入できません。
持病がある場合は、告知項目が緩やかなワイド団信という選択肢もありますが、金利が0.2〜0.3%程度上乗せされるのが一般的です。それでも加入できない、あるいは年齢上限を超える場合は、団信なしで借りて別途生命保険で残債相当を備える方法や、そもそも自己資金比率をさらに高める判断が現実的になります。団信が付けられないなら、現金購入も含めて検討するのが安全です。
もう一つ、60代以降で深刻なのが判断能力の低下です。認知症などで意思判断能力を失うと、物件の売却も、賃貸借契約の更新も、大規模修繕の同意もできなくなり、家族が代わりに手続きすることも簡単ではありません。こうした事態に備え、家族信託や任意後見といった仕組みを元気なうちに検討しておくことが、資産を凍結させないための備えになります。
税金・相続への活用と注意点
不動産投資の魅力の一つが、減価償却費による節税効果です。国税庁によると、不動産所得は「総収入金額から必要経費を差し引いた金額」で計算され、その必要経費に減価償却費が含まれます。建物の構造ごとに耐用年数が定められており、鉄筋コンクリート造の住宅用建物は47年が基準です。中古物件では残存耐用年数に応じて計算され、築年数が古いほど1年あたりの償却費が大きくなります。この償却費が家賃収入から差し引かれ、課税所得を圧縮する効果が期待できます。
相続対策としても不動産は有効ですが、仕組みを正確に理解する必要があります。国税庁の規定では、貸家の相続税評価額は固定資産税評価額から借家権割合と賃貸割合を乗じた額を控除して求めます。借家権割合30%の地域では、評価額1,000千円の家屋が700千円まで下がる例が示されています。さらに貸付事業用宅地等に該当すれば、小規模宅地等の特例により200㎡を限度に評価額を50%減額できます。現金のまま相続するより評価を抑えられるのが、不動産を活用する理由です。
生前贈与を考えるなら、相続時精算課税制度が選択肢になります。この制度では毎年110万円の基礎控除に加え、累計2,500万円までの特別控除が使えます。ただし控除を超えた部分には一律20%が課税され、贈与者が亡くなった際にはその財産を相続財産に加算して相続税を計算する仕組みです。単純に「2,500万円まで非課税」と理解すると誤読につながるため、税理士に相談しながら進めましょう。
なお、投資用物件を将来自宅として住み替える計画がある場合、住宅ローン控除の活用も考えられます。ただし中古住宅では、取得日から6か月以内の居住開始、その年の年末まで継続して居住、床面積50㎡以上かつ2分の1以上を自己居住、10年以上の分割返済といった要件をすべて満たす必要があります。要件を一つでも外すと控除は受けられないため、転用のタイミングと手続きは慎重に判断してください。
運用管理と出口戦略
運用開始後にまず考えるべきは、管理にどこまで手をかけるかです。自主管理は手数料を節約できますが、入居者対応や修繕手配を自分で行う必要があり、夜間や休日の連絡にも追われます。趣味や旅行を楽しみたい60代にとっては大きな負担で、家賃の5%程度が目安とされる管理委託料を払ってでも時間を買う発想が現実的でしょう。管理会社を選ぶ際は、募集から退去対応まで一貫して任せられ、トラブル時の連絡体制が整っているかを確認します。
出口戦略は、保有して家賃を受け取り続ける、子どもに相続させる、売却して現金化するの3つが基本です。保有を続ける場合でも、築20年を超えると周辺の新築物件に見劣りし、家賃下落が加速しがちです。そのため築15年前後を目安に売却を検討すると、資産価値を保ちやすくなります。前述したとおり流動性の低さは弱点なので、売りたいときにすぐ売れないことも織り込んでおくべきです。
売却時の税金では、所有期間による税率差が重要です。国税庁の説明によると、長期譲渡所得か短期譲渡所得かは、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えているかで判定されます。単純に購入から5年ではなく、この基準日での判定である点に注意が必要です。短期は約39%、長期は約20%と税率が大きく異なるため、売却時期の見極めが手残りを左右します。
60代投資家のケーススタディ
実際の収支をイメージするため、65歳で2800万円のワンルームを、自己資金1000万円、借入1800万円(固定2.4%・15年返済)で購入したケースを考えます。月額家賃9.5万円に対し、管理費と修繕積立金が月2万円、ローン返済が月約12.5万円で、月々の収支は約5万円のマイナスです。一見赤字ですが、減価償却による節税効果が年約20万円あり、15年後の完済後は月7万円以上の純収入が残ります。
ただしこの試算は、金利が上がらず、空室もなく、修繕積立金も据え置かれた前提であることを忘れてはいけません。先に述べたストレステストのように、金利上昇や稼働率低下、修繕費の増加が重なれば、手出しはさらに膨らみます。退職金の一部で余裕を持って手出しを賄える範囲かどうか、悲観シナリオでも生活が破綻しないかを必ず確認したうえで判断してください。
よくある質問
Q. 70歳を超えてもローンは組めますか?
完済時年齢を80歳や85歳未満に設定している商品もあるため、可能性はあります。ただし借入期間が短くなり月々の返済額は高くなります。団信の加入年齢上限にも注意が必要で、自己資金比率を高めるか、現金購入を検討する方が安全な場合もあります。
Q. 空室が続いた場合はどうすればよいですか?
まず家賃を周辺相場と比較し、必要なら数%の値下げを検討します。設備更新や室内クリーニングの徹底、管理会社と連携した募集条件の見直しも効果的です。フリーレント(一定期間の家賃無料)の設定で早期入居を促す方法もあります。
Q. 少額から始めたいのですが現物を買う以外に方法はありますか?
J-REITや不動産クラウドファンディングなら、数万円から不動産の賃料収益に投資でき、いつでも売却しやすい点が現物との違いです。管理の手間もかからないため、時間や資金を大きく拘束したくない方に向いています。
まとめ
ここまで、60代の不動産投資について慎重論を軸に解説してきました。年齢特有のリスクは、失敗しても就労で立て直しにくいことです。だからこそ退職金の大半を投じない、生活費を家賃に依存しない、団信や判断能力低下への備えを整えるといった条件を満たしてはじめて、選択肢として検討できます。
判断の際は表面利回りではなく実質利回りと頭金回収年数で見て、金利上昇や空室、修繕費増を織り込んだストレステストを通すことが不可欠です。他の資産運用とも比較し、生活防衛資金と医療介護費を現預金で確保したうえで、残りの範囲で慎重に進めましょう。減価償却や貸家評価による節税は魅力ですが、あくまで副次的な効果と捉えるべきです。
行動に移す前に情報を整理し、金融機関や不動産会社へ具体的な数字を持って相談することで、リスクを抑えて着実にスタートできます。制度の要件や税率は個別事情によって異なるため、最新情報は各公的機関の公式サイトで確認し、税理士など専門家の助言を受けながら判断してください。まずは無料相談から、最初の一歩を踏み出してみましょう。
参考文献・出典
- 総務省統計局「家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果の概要」 – https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_gaikyo2025.pdf
- 日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」 – https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/kojin/2026/202604/0401.html
- 国税庁「No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)」 – https://www.nta.go