不動産の税金

退職金で家を買う|後悔しない判断基準と資金計画

退職金で家を買う前に押さえたい全体像

定年退職を迎えてまとまった退職金を手にすると、マイホームの購入や住み替えを検討する方が増えます。長年の住まいを整え直したい、あるいは老後の住居費を安定させたいという思いは自然なものです。しかし退職金は人生で一度きりの貴重な資産であり、その使い方は今後の暮らしを大きく左右します。だからこそ、勢いで決めるのではなく、税金・費用・老後の家計という三つの視点から冷静に判断することが欠かせません。

退職金で家を買う目的は、大きく分けて二つあります。一つは自分たちが住むための持ち家を取得すること、もう一つは家賃収入を目的とした投資用物件を購入することです。この二つは、使える税制も融資も、そして負うべきリスクもまったく異なります。まずは自分がどちらを検討しているのかを明確にすることが、失敗を避ける第一歩になります。

重要なのは、退職金を「使い切る前提」で考えないことです。総務省の家計調査報告(2025年)によると、二人以上世帯のうち世帯主が65歳以上の無職世帯の平均貯蓄現在高は2494万円ですが、その分布は二極化しています。2500万円以上の世帯が全体の36.3%を占める一方で、300万円未満の世帯も14.9%存在します。つまり退職金の使い方次第で、老後の安心度は大きく変わってくるということです。

退職金にかかる税金と手取りの考え方

家の予算を考える前に、まず退職金そのものの手取りを正しく把握しておく必要があります。退職金は通常の給与とは別枠で扱われ、税負担が軽くなるよう配慮されているためです。国税庁によると、退職金は長年の勤労に対する報償的な給与であることから、退職所得控除が設けられ、他の所得と分離して課税される仕組みになっています。

退職所得控除の額は勤続年数によって決まります。勤続20年以下であれば「40万円×勤続年数」、20年を超える場合は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」で計算します。たとえば勤続38年の場合、800万円に70万円×18年の1260万円を加えた2060万円までが控除される計算です。この控除の大きさが、退職金の税負担を軽くしている理由です。

ひとつ注意したいのは手続きです。退職金を受け取る際に「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先へ提出していないと、退職金の収入金額から一律20.42%の所得税等が源泉徴収されてしまいます。この場合は確定申告で精算することになりますが、手取りが一時的に大きく目減りするため、家の資金計画に影響します。手取り額を正確に見積もってから予算を決めることが大切です。

自宅として買う場合のメリットと使える税制

自宅として家を買う最大の利点は、住居費を安定させられることです。賃貸では家賃が生涯にわたり発生し続けますが、持ち家であれば大きな支払いを終えた後は固定資産税や管理費など維持費が中心になります。老後の収入が年金中心になる中で、住居費の見通しが立つことは精神的な安心にもつながります。

自宅取得ならではの税制面のメリットも見逃せません。住宅ローンを利用する場合、条件を満たせば住宅ローン控除の対象になります。国税庁によると、この控除の対象となるのは住宅の新築・取得・増改築等のために直接必要な借入で、かつ償還期間が10年以上の割賦償還であることが要件です。逆に言えば、退職金で現金一括購入する場合や、返済期間が10年未満の短いローンでは、この控除を受けられない点に注意が必要です。

取得時の税金にも軽減措置があります。国土交通省によると、住宅を取得した場合の不動産取得税の税率は本則の4%から3%に軽減され、この特例の適用期限は令和9年3月31日とされています。さらに新築住宅では課税標準から1200万円が控除され、中古住宅でも新築時における控除額と同額が控除されます。こうした制度を前提に、実際の税負担を織り込んで予算を組むと、より現実的な資金計画になります。

物件価格以外にかかる費用を見落とさない

家を買うときに意外と軽視されがちなのが、物件価格以外の諸費用です。国土交通省の解説によると、購入時には仲介手数料やローンの諸費用、不動産取得税などがかかります。仲介手数料の一般的な例は「成約価格×3%+6万円+消費税」であり、たとえば3000万円の物件なら100万円を超える計算になります。現金購入だからと油断すると、想定より多くの現金が出ていくことになります。

住宅ローンを組む場合はさらに費用がかさみます。融資事務手数料は「3〜5万円+消費税、もしくは融資額の1〜2%前後+消費税」が一般的で、保証料は融資額の2%前後がかかることもあります。これらは金融機関によって大きく異なるため、金利だけでなく諸費用まで含めた総額で比較することが賢明です。

忘れてはならないのが、購入後の継続費用です。国土交通省によると、持ち家では固定資産税と都市計画税を市町村に納める必要があり、マンションの場合はこれに加えて管理費と修繕積立金が毎月発生します。火災保険料や将来の修繕費も見込んでおくべきです。共同住宅の長期修繕計画では、外壁塗装や躯体コンクリート補修、シーリングなどをおおむね12〜15年周期で行う例が示されており、こうした支出が将来必ず訪れることを前提に資金を残しておく必要があります。

60歳以上でも使える住宅ローンという選択肢

退職金があるからといって、必ずしも全額を現金でつぎ込む必要はありません。年齢が高くても利用できる融資手段を知っておくと、手元資金を残しながら家を持つ選択肢が広がります。

まず、全期間固定金利型のフラット35は、申込時の年齢が原則満70歳未満であれば利用できます。総返済負担率の基準は年収400万円未満で30%以下、400万円以上で35%以下と定められています。ただしフラット35は第三者に賃貸する目的の投資用物件には利用できず、あくまで自分が住む住宅が対象である点に注意が必要です。

60歳を超える方には、住宅金融支援機構のリ・バース60という選択肢もあります。これは原則満60歳以上を対象とし、本人が居住する住宅の建設・購入資金などに使える仕組みです。返済負担率の基準はフラット35と同様で、融資限度額は担保評価額の50%または60%が基本とされています。特徴的なのは融資終期が「お客さまが亡くなられたとき」とされている点で、生前は利息のみの返済とする形により、老後の住み替えや住宅購入の資金計画に組み込める可能性があります。制度の詳細や適用条件は個別事情によって異なるため、最新情報は各機関の公式サイトで確認してください。

投資用として買う場合に知っておくべきこと

退職金で投資用物件を購入し、家賃収入で老後資金を補いたいと考える方もいます。安定したキャッシュフローを得られれば魅力的ですが、自宅購入とはリスクの質がまったく異なることを理解しておく必要があります。

まず前提として、投資用物件には自宅向けの優遇策が使えません。前述の通り住宅ローン控除は自宅取得が対象であり、フラット35も投資用物件には利用できません。投資用は別の不動産投資ローンを利用することになり、審査基準も条件も自宅ローンより厳しくなる傾向があります。実務上の一例として、金融機関によっては融資期間を最大35年とし、完済年齢を84歳程度まで認める一方で、融資後に物件価格の20%相当の金融資産を手元に残すことを求めるケースもあると言われています。こうした条件は金融機関や個別事情によって大きく異なるため、複数の窓口で確認することが欠かせません。

収益の見積もりも慎重に行うべきです。不動産会社が示す表面利回りは、年間家賃収入を物件価格で割った数値にすぎません。実際には固定資産税、管理費、修繕積立金、火災保険料などの経費を差し引いた実質利回りで判断する必要があります。入居者がいなければ収入はゼロになり、それでも維持費だけは発生し続けます。老朽化に伴う大規模修繕も避けられず、退職後の限られた資産で対応できるかを冷静に見極めることが求められます。

老後の家計から逆算する資金配分

どの選択をするにせよ、判断の土台になるのは老後の家計の現実です。総務省の家計調査報告(2025年)によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得が月221,544円に対して消費支出が263,979円となっており、毎月およそ42,434円が不足する計算になっています。平均消費性向は119.2%に達しており、多くの高齢世帯が貯蓄を取り崩しながら生活している実態がうかがえます。

この不足額を前提にすると、退職金を家にどれだけ振り向けられるかがおのずと見えてきます。毎月4万円強の赤字が続くとすれば、その補填のためにまとまった手元資金を確保しておく必要があります。だからこそ、退職金の全額を不動産に投じるのは避け、少なくとも数年分の生活費に相当する額を、すぐに引き出せる預貯金として残しておくことが基本です。安全資産と住まいへの支出のバランスをとることが、老後の安定につながります。

また、貯蓄分布が二極化している点も踏まえるべきです。貯蓄が2500万円以上ある世帯であれば選択の幅は広い一方、300万円未満の世帯にとっては退職金の使い方が生活の安定を直接左右します。自分がどの層に近いのかを把握したうえで、無理のない予算設定を心がけることが大切です。

中古物件を買うなら実務手順を丁寧に

予算を抑えるために中古住宅を検討する方も多いですが、その場合は建物の状態確認が特に重要になります。見た目が良くても、購入後すぐに大きな修繕が必要になれば、安く買った意味が失われてしまうからです。

頼りになるのがインスペクション、いわゆる建物状況調査です。国土交通省によると、これは国の登録を受けた講習を修了した既存住宅状況調査技術者である建築士が、定められた基準に基づいて行う調査を指します。2018年4月の法改正以降は、仲介の際に調査の有無などを説明し書面で交付する義務が強化されており、買い手が建物の状態を把握しやすくなっています。数万円から十数万円の費用はかかりますが、購入後に数百万円規模の修繕が発生するリスクを事前に見極められると考えれば、十分に価値のある投資といえます。

あわせて、過去の修繕履歴や今後の修繕計画も確認しておきましょう。国土交通省の長期修繕計画の考え方では、修繕費を見積もる際に工事費だけでなく、現場管理費や一般管理費、法定福利費、保険料、消費税相当額まで見込むことが重要とされています。表面上の価格だけでなく、こうした将来コストまで含めた総額で物件の良し悪しを判断する姿勢が求められます。

強引な勧誘や安易な契約から身を守る

退職金を持つ世代は、残念ながら強引な営業や不利な契約話の対象になりやすい面があります。だからこそ、公的機関が示す注意喚起を知っておくことが大切です。

消費者庁は、住宅の売却や資産の管理に関する契約トラブルは高齢者の今後の生活に著しい支障を及ぼすおそれがあるとして、内容を十分に理解しないまま契約しないよう呼びかけています。少しでも疑問があれば、その場で決めず周囲に相談することが賢明です。また消費者庁は、自分で理解できない金融商品への投資は危険だと明示しています。仕組みが分からないまま勧められるがままに投資へ踏み出すのは避けるべきです。

近年よく耳にする自宅のリースバックについても、消費者庁は注意を促しています。リースバックは自宅を売却したうえで家賃を払って住み続ける自宅処分の手段ですが、住み替える意向がないのに安易に所有権を手放すべきではないとされています。取引の仕組みと目的が納得できてから判断することが、後悔を避ける鍵になります。

まとめ|退職金で家を買うときの判断基準

退職金で家を買うこと自体は、決して間違った選択ではありません。適切な準備があれば、老後の住居費を安定させたり、暮らしの満足度を高めたりできます。ただし、人生で一度きりの資産だからこそ、税金・費用・家計の三つの視点を欠かさないことが大切です。

最も重要なのは、退職金の全額を不動産に投じないことです。月々の家計不足を補える手元資金を残し、自宅取得なら住宅ローン控除や不動産取得税の軽減、60歳以上でも使える融資といった制度も踏まえて計画を立てましょう。中古を選ぶならインスペクションで建物の状態を確認し、投資を検討するなら実質利回りとリスクを冷静に見極めることが欠かせません。

そして何より、焦らないことです。不動産は一度買うと簡単には手放せません。制度の詳細や条件は個別事情によって異なるため、最新情報は各公的機関の公式サイトで確認し、必要に応じて専門家に相談しながら、納得できるまで時間をかけて判断してください。慎重な準備こそが、大切な退職金を守り、豊かな老後を実現する近道となります。

参考文献・出典

  • 国税庁「退職金と税」https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/02_3.htm
  • 国税庁「No.1225 住宅借入金等特別控除の対象となる住宅ローン等」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1225.htm
  • フラット35「ご利用条件」https://www.flat35.com/loan/lineup/flat35/conditions/index.html
  • 住宅金融支援機構「リ・バース60」https://www.jhf.go.jp/kojin/yushihoken_revmo/jouken.html
  • 総務省統計局「家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果の概要」https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_gaikyo2025.pdf
  • 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)2025年平均結果の概要」https://www.stat.go.jp/data/sav/sokuhou/nen/pdf/2025_gai.pdf
  • 国土交通省「住宅:不動産取得税に係る特例措置」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000020.html
  • 国土交通省「住まいにはどんな費用がかかる?」https://www.mlit.go.jp/sumai_literacy_pf/knowledge02/0005/
  • 国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001747006.pdf
  • 国土交通省「インスペクション(既存住宅の点検・調査)」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/jutaku-kentiku.files/kashitanpocorner/jigyousya/inspection.html
  • 消費者庁「住宅の売却、資産の管理に絡む契約は慎重に!」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/caution/caution_027
  • 消費者庁「資産の運用・処分は取引の仕組みや目的がきちんと納得できてから!」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/caution/caution_043

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