空室が何戸か出ている状態で売却を考えるとき、多くの方が同じ質問をされます。埋めてから売ったほうがいいのか、このまま出したほうがいいのか。感覚では「満室のほうが高く売れる」と思われがちですが、実際の売出情報を数えると、その差はそれほど大きくありません。当社が独自に集計した首都圏4都県の1棟アパート・1棟マンション33,270件について、建築年を1982〜1995年に揃えたうえで現況ごとに表面利回りの中央値を出すと、満室が6.92%、一部空室が7.00%、全空が7.21%でした。条件を揃えると、稼働状況による利回りの差は0.3ポイント程度です。この記事では、この差をどう読み、満室化にいくらまでかけてよいのかを整理します。
「空室物件は利回りが高い」は条件を揃えると消える
最初に、よくある見え方の罠を潰しておきます。首都圏4都県の一棟を種別も築年も揃えずにまとめて集計すると、現況ごとの表面利回りの中央値は満室が6.31%、一部空室が8.10%、全空が12.04%になります。この数字だけを見ると、空室のある物件は相当安く出ているように見えます。
ですがこの差の大半は、物件の性格の違いです。全空で売り出される物件には戸建賃貸や小規模な建物が多く、築年も古めに偏ります。実際、1棟アパート・1棟マンションだけに絞り、さらに建築年を1982〜1995年に固定すると、差は6.92%対7.21%の0.29ポイントまで縮みます。見かけの利回り差の大半は、物件の性格の差です。稼働状況そのものが利回りをそこまで動かしているわけではありません。
0.29ポイントを金額に置き換えてみます。年間賃料840万円の物件で考えると、6.92%なら1億2,139万円、7.21%なら1億1,650万円です。差は489万円。これが、条件を揃えたときの「空室が残っていることの値段」のおおよその大きさです。
あなたはどのケースでしょうか
この判断が問題になるのは、次のような場面です。
- 10戸のうち2戸が空いている——広告料を積んででも埋めてから売るか迷っている
- 退去予定が出ている——次の募集をかけるか、そのまま売却に出すか決めかねている
- 長期間埋まらない部屋がある——賃料を下げれば埋まるが、それが売却額にどう響くか読めない
三つ目が最も判断の難しいケースです。順に見ていきます。
満室化の費用と、価格差を並べる
判断の枠組みはシンプルです。満室にするためにかかる費用と、満室であることで上がる価格を並べます。
費用の側には次のものが入ります。原状回復とリフォーム、仲介会社への広告料、フリーレント、そして埋まるまでの期間の賃料の逸失です。1戸あたり月7万円の部屋を埋めるために、原状回復30万円、広告料2か月分14万円、フリーレント1か月7万円をかけたとします。募集から成約まで2か月かかれば逸失分が14万円。合計65万円です。2戸なら130万円になります。
価格の側は、先ほどの489万円が上限の目安になります。ただしこれは全空と満室を比べた数字です。10戸中2戸が空いている状態と満室の差はもっと小さく、一部空室と満室の間の0.08ポイント、同じ年間賃料840万円で計算すると約139万円が実勢に近い水準です。
つまり、2戸を埋めるのに130万円かけて価格が139万円上がる、という関係になります。差し引きは9万円です。手間と時間、そして埋まらないかもしれないという不確実さを考えれば、あえてやる理由は薄くなります。満室にする費用が価格差を上回ることは珍しくありません。ここが、感覚と実際がずれやすい部分です。
それでも満室化に意味がある場合
では満室化はいつも無駄かというと、そうではありません。効くのは価格ではなく、売却の進み方のほうです。
当社が独自に集計した同じ33,270件について、2026年5月末から8月末までの約3か月間の価格改定を追うと、現況ごとに次の差が出ました。
| 現況の表記 | 件数 | 3か月で値下げした割合 | 値下げ幅の中央値 |
|---|---|---|---|
| 満室 | 11,772件 | 9.8% | 4.6% |
| 一部空室 | 834件 | 12.8% | 5.2% |
| 全空 | 297件 | 7.4% | 8.8% |
| 賃貸中(内訳の記載なし) | 18,697件 | 6.8% | 5.0% |
空室があると明記した物件は、値下げに至る割合が12.8%で、満室の9.8%より3ポイント高くなっています。値下げ幅も5.2%対4.6%とやや大きい。全空は値下げに至る割合こそ低いものの、下げるときの幅が8.8%と突出しています。件数が297件と少ないので幅を持って読む必要はありますが、方向としては明確です。
読み取れるのは、空室があることで最初の価格が大きく下がるのではなく、売り出した後の価格の下がりやすさが変わるということです。買い手は空室を「これから埋める作業」として値引きの根拠に使います。満室であれば、その論点自体が発生しません。
満室と全空では、そもそも買い手が違う
先ほどの表で、全空は値下げに至る割合が7.4%と低いのに、下げるときの幅が8.8%と突出していました。この不揃いには理由があります。買い手の層が入れ替わるからです。
満室の物件を買うのは、基本的に投資家です。入居者ごと引き継ぐ取引なので、判断は利回りで行われます。一方で全空の物件は、投資家に加えて、建て替えや用途転換を考える買い手も検討に入ります。この場合の価格の根拠は収益還元ではなく土地の値段になります。判断の軸が違うので、価格が動くときは大きく動きます。
集計にもその性格が出ています。全空297件の総戸数の中央値は4戸で、満室11,772件の8戸の半分でした。小規模な建物ほど全空の状態になりやすく、そして小規模な建物ほど土地の値段で評価されやすいということです。
その意味で最も扱いにくいのが一部空室です。投資家からは「空室の分だけ減点」として見られ、建て替えを考える買い手からは「入居者がいるので使えない」として外されます。値下げに至る割合が12.8%と最も高いのは、この中途半端さの表れだと考えています。10戸中1〜2戸の空室で悩んでいる方は、埋めきるか、あるいは空室の情報を明示して投資家向けに絞るか、どちらかに寄せたほうが結果が読みやすくなります。
やってはいけない満室化
ここで注意が必要なのは、賃料を下げて埋める満室化です。空室を早く埋めたい一心で募集賃料を大きく下げると、そのままレントロールに残ります。買い手はレントロールの一戸ずつを現在の募集相場と比べるので、下げた賃料はそのまま評価に反映されます。しかも、その部屋は建物の中で最も安い契約になるので、他の部屋の将来の水準としても見られます。
数字で見ると分かりやすくなります。1戸あたり月7万円の部屋を6万円に下げて埋めた場合、年間で12万円の減収です。表面利回り7%の物件なら、価格に直すと約171万円下がります。先ほどの満室化コスト65万円を惜しんで賃料で調整すると、価格の側で倍以上を失う計算です。埋めるなら賃料は据え置き、費用は広告料やフリーレントで吸収するのが原則になります。
同じ理屈で、短期の定期借家や知人への一時的な入居で見かけの満室を作る方法も勧められません。契約内容は資料に残るので、買い手は必ず気づきます。気づかれた時点で、レントロール全体の信頼が落ちます。
現況のまま出すときにやること
現況で売ると決めた場合、やることは情報を先に出すことです。先ほどの集計では、満室と明記している売出が35.4%、空室があると明記しているものが3.4%、そして「賃貸中」とだけ書かれていて内訳が分からないものが56.2%でした。半分以上の物件は、稼働状況が読めない状態で出ています。
買い手は読めない情報を保守的に置きます。内訳が書かれていない物件は、まず空室があるものとして見積もられます。空室が2戸あるなら、2戸あると書いて、その部屋の募集賃料の根拠を添えたほうが引かれ方は小さくなります。空室の想定賃料を入居中の部屋より高く置くと、そこで一気に疑われます。むしろ控えめに置くほうが、全体の数字が信用されます。
当社では、こう見ています
当社には月に500件ほど、売却のご相談や物件のお持ち込みがあります。空室のある物件については、満室にしてから持ってきていただく必要はないとお伝えしています。空室は現在の募集相場で埋め直した前提で計算するので、実際に埋まっているかどうかで評価がそれほど変わらないためです。むしろ、無理に埋めた結果として賃料が下がっているレントロールのほうが、評価は下がります。空室のまま出していただいて、その部屋を今の相場でいくらで募集できるかを一緒に確認するほうが、結果として金額は高くなることが多いです。
次の一歩
判断の材料は二つです。一つは、空室を埋めるのにかかる総額です。原状回復・広告料・フリーレント・埋まるまでの逸失賃料を全部足してください。もう一つは、その部屋を今の相場で募集した場合の賃料です。駅別・間取り別の家賃相場は東京・神奈川の家賃相場データで確認できます。この二つが分かれば、満室化にかける費用と、それによって動く価格を並べて比べられます。
費用のほうが大きければ、現況のまま出して、空室の情報を先に開示する方針になります。レントロール・登記簿・建物の概要が分かる資料をお預かりできれば、満室化した場合と現況の場合の両方で金額を出したうえで、どちらが手取りで有利かをご説明します。
まとめ
- 種別と築年を揃えると、現況による表面利回りの差は満室6.92%・一部空室7.00%・全空7.21%の0.3ポイント程度
- 揃えないと満室6.31%・全空12.04%まで開くが、その差の大半は物件の性格の違い
- 満室化が効くのは価格そのものより売り出した後の値下がりにくさ。空室ありと明記した物件は3か月で値下げした割合が12.8%、満室は9.8%
- 賃料を下げて埋める満室化は逆効果。月1万円の減額は利回り7%なら価格171万円の減少に相当する
- 現況のまま出すなら情報を先に開示する。内訳が読めない売出は56.2%あり、読めない物件は保守的に見積もられる
満室化にかける費用が見合うかどうかは、満室想定で置いた価格と現況のままの価格を並べてみると判断しやすくなります。一棟の簡易査定はこちら(入力は所在地・築年・満室想定年収だけで、お名前やご連絡先は必要ありません)。
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
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