一棟の売買で最初に出す資料はレントロールです。買い手はここから利回りを計算します。ところが実際には、買い手はレントロールの数字をそのまま使いません。一戸ずつ現在の募集相場に置き換えてから計算し直します。その置き換えでどれくらい動くのかを、実データで見てみます。当社が独自に集計した首都圏4都県の木造1棟アパートのうち、満室と表記されている物件について、1戸あたりの月額賃料の中央値を建築年ごとに出すと次のようになりました。2016年以降が64,600円、1996〜2005年が62,000円、そして1982〜1995年が46,750円です。築30年の境目で、1戸あたり月額15,000円ほどの段差があります。この記事では、この段差がレントロールの読み方にどう効いてくるのかを書きます。
レントロールは将来の予測ではない
まず前提を揃えます。レントロールは将来の家賃ではなく、現在の契約の一覧です。今そこに住んでいる方が、契約したときの相場で払っている金額が並んでいます。10年前に入居した方の家賃は10年前の相場であり、そのとき建物は10年新しかったわけです。この二つのズレが、そのままレントロールに残ります。
買い手はこれを知っているので、退去後の募集賃料に置き換えて計算します。長期入居が多い建物ほど、この置き換えで利回りが落ちます。売主から見れば「実際に入っている家賃なのに、なぜ引かれるのか」となりますが、買い手が買っているのは今の家賃ではなく、これから先の家賃だからです。
築年で賃料はどう動くのか
先ほどの木造アパートの数字を全部並べます。首都圏4都県で満室と表記されている物件、総戸数4戸以上30戸以下に限定しています。
| 建築年 | 件数 | 1戸あたり月額賃料の中央値 |
|---|---|---|
| 2016年以降 | 2,235件 | 64,600円 |
| 2006〜2015年 | 842件 | 61,648円 |
| 1996〜2005年 | 276件 | 62,000円 |
| 1982〜1995年 | 1,831件 | 46,750円 |
| 1981年以前 | 362件 | 49,000円 |
読み取れることが二つあります。一つは、新築から築20年あたりまでは賃料がほとんど下がらないことです。64,600円から61,648円へと、5%程度しか落ちていません。もう一つは、1996〜2005年と1982〜1995年の間に大きな段差があることです。62,000円から46,750円へ、24.6%の下落です。賃料は毎年少しずつ下がるのではなく、ある時期にまとめて落ちます。
もう一つ、素直に読んではいけない行があります。1981年以前が49,000円と、1982〜1995年より高くなっている点です。これは古い建物のほうが賃料を取れるという意味ではありません。1981年以前まで残っている木造アパートは、立地の良い場所に偏るからです。建て替えの圧力が高い郊外の物件は、その年代まで残らずに姿を消しています。集計に残る物件の性格が変わっている、ということです。築年だけで賃料を説明しようとすると、この種の落とし穴を踏みます。
あなたはどのケースでしょうか
レントロールについて悩む場面は、だいたい次のどれかです。
- 長期入居の方が何戸かいる——その家賃が今の相場より高いことは薄々分かっている
- 空室を埋めてから売るべきか迷っている——募集賃料をいくらに設定するかで悩んでいる
- 提示された利回りが、自分の計算と合わない——どこで引かれたのかを知りたい
いずれも、レントロールの一行ずつを現在の募集相場と並べれば見通しが立ちます。以下は、買い手が実際に見ている順序です。
買い手がレントロールを見る4つの順序
1. 契約日を見る。家賃の金額より先に、いつからその金額なのかを見ます。契約日が5年以上前の部屋は、賃料を現在の募集相場に置き換える対象になります。契約日が空欄のレントロールは、この時点で確認事項になります。
2. 同じ間取りの部屋で金額がばらついていないかを見る。同一建物の同じ間取りで家賃に差があれば、その差はほぼ契約時期の差です。最も低い部屋の金額が、いま募集した場合の目安に近くなります。上のほうの部屋は、退去のたびにその水準へ寄っていきます。
3. 空室の想定賃料の根拠を見る。空室部分の賃料は「想定」で埋められています。この金額が、入居中の部屋の実額より高い場合は、まず疑われます。逆に、実額より低く控えめに置いてあるレントロールは、買い手の側の心証が良くなります。
4. 賃料以外の収入が混ざっていないかを見る。駐車場・自販機・アンテナの設置料などが年間収入に合算されていることがあります。これらは賃料と性質が違うので、買い手は分けて評価します。合算されたまま利回りが計算されていると、その分は引かれます。
置き換えると利回りはどう動くか(説明のための例)
実在の物件ではなく、説明のために作った例で追ってみます。
- 木造アパート10戸、築32年、売出価格1億円
- レントロール上の月額賃料合計は51.5万円。年間618万円で、表面利回りは6.18%
- 10戸のうち3戸が契約から10年以上。その3戸の家賃は月62,000円で、他の7戸は月47,000円
- 先ほどの表で、この築年帯の1戸あたり中央値は46,750円。7戸の水準がいまの相場に近いと判断できる
- 3戸を47,000円に置き換えると月額合計は47.0万円、年間564万円。利回りは5.64%
0.54ポイント落ちました。売主から見れば「今もらっている家賃」ですが、買い手から見れば「あと数年で消える家賃」です。3戸が退去すれば実際にこの水準になります。逆に言えば、10戸すべてが直近3年以内の契約で金額も揃っているレントロールなら、置き換えによる目減りはほぼありません。同じ表面利回り6.18%でも、中身の評価はまったく違います。
レントロールに添えると効く資料
レントロール単体では確認しきれない項目があります。次の資料が添えられていると、買い手の側で引き算をする理由が減ります。
- 賃貸借契約書の写し——全戸でなくても構いません。契約から5年以上経っている部屋の分だけでも効果があります
- 入退去の履歴——過去3年程度で、各部屋が退去から次の入居まで何か月空いたかが分かるもの。空室期間の実績は、想定賃料が現実的かどうかの裏づけになります
- 滞納の有無——滞納が続いている部屋は、買い手の計算では年間収入から外されます。事前に分かっていれば、その分だけを引いて話が進みます
- 敷金・保証金の預り状況——売買のときに承継されるので、価格とは別に精算の対象になります
- サブリース契約の有無と解約条件——サブリースが付いた物件は融資での扱いが機関によって分かれます。契約書がないと、そこで止まります
これらは価格を上げるための資料ではありません。引かれ方を小さくするための資料です。買い手は分からない項目を保守的に置きます。滞納があるかどうか分からなければ「あるかもしれない」として計算し、空室期間の実績が分からなければ「長引くかもしれない」として計算します。資料を出すことは、その保守的な置き方を外してもらう作業です。
満室表記の物件が全体の3分の1
もう一点、資料の出し方の話をします。当社が独自に集計した首都圏4都県の1棟アパート・1棟マンション33,270件について、現況の表記を分類すると、満室と明記しているものが35.4%、空室があると明記しているものが3.4%、そして「賃貸中」とだけ書かれていて内訳が分からないものが56.2%でした。半分以上の物件は、募集の段階では稼働状況が読めません。
買い手の立場では、読めない情報は保守的に置きます。内訳が分からない物件は、まず空室があるものとして見積もられます。売主の側から見れば、レントロールを最初に出すこと自体が有利に働く場面があるということです。数字が良くないから隠すのではなく、良くないなりに全部出したほうが、結果として引かれ方が小さくなります。
当社では、こう見ています
当社には月に500件ほど、売却のご相談や物件のお持ち込みがあります。一棟の資料をお預かりしたときは、レントロールの一行ずつを、同じ駅・同じ間取り・近い築年数の現在の募集賃料と並べます。並べる範囲は、同じ路線の前後3駅までを原則としています。一つの駅だけでは比較できる件数が足りないためです。その置き換えで利回りが何ポイント動くかを出し、動きが小さい物件はレントロールの金額をそのまま使います。動きが大きい物件については、どの部屋がどれだけ引かれたのかを売主の方にお見せしています。
次の一歩
売主の側でできる確認は二つです。一つは、レントロールに契約日の列を入れることです。もう一つは、契約から5年以上経っている部屋について、いま同じ条件で募集したらいくらになるかを調べることです。駅別・間取り別の家賃相場は東京・神奈川の家賃相場データで確認できます。差が1戸あたり月5,000円以内に収まっていれば、そのレントロールは説明のつく資料です。
差が大きい場合、それは資料の問題ではなく物件の状態です。退去のたびに利回りが下がっていく段階に入っているということなので、売却の時期を判断する材料になります。レントロールと登記簿をお預かりできれば、置き換え後の利回りまで含めてご説明します。
まとめ
- 首都圏4都県の木造1棟アパート(満室表記)の1戸あたり月額賃料は、1996〜2005年築の62,000円から1982〜1995年築の46,750円へ24.6%落ちる。賃料は毎年ではなく段差で下がる
- 1981年以前が49,000円と反転するのは立地の良い物件だけが残るため。築年だけでは賃料は説明できない
- 買い手は契約日・同間取りのばらつき・空室の想定賃料・賃料以外の収入の4点を順に見る
- 満室と明記した売出は35.4%、空室ありと明記は3.4%、内訳不明が56.2%。読めない情報は保守的に見積もられる
- 売主の確認は、契約から5年以上の部屋を現在の募集相場と並べること。差が1戸あたり月5,000円以内なら説明がつく
レントロールの中身を整えたら、その満室想定年収がいまの相場でいくらの価格になるのかも一度あててみてください。指値の根拠を先に潰しておくのと同じ効き方をします。一棟の簡易査定はこちら(入力は所在地・築年・満室想定年収だけで、お名前やご連絡先は必要ありません)。
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
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