売るか、持ち続けるか。この判断を「なんとなくまだ回っているから」で先送りしている方は多いはずです。比べるべきものがはっきりしていないと、判断のしようがありません。持ち続けた場合に毎年入ってくる金額と、売った場合に一度だけ入ってくる金額。この二つを同じ物差しに乗せると、議論が具体的になります。当社が独自に整理した一棟向け融資の条件データベース32機関を、掲載された表面利回りがある売出中の一棟35,810件に当てはめて、買い手側の返済後の手残りを計算しました。
計算の前提を先に置く
手残りは、満室想定の年収から運営費と固定資産税を引き、そこから元利返済を引いた金額です。32機関のうち構造・築年・所在地・価格の条件を満たす組み合わせを探し、成立したもののうち返済後の手残りが最も大きくなる条件を採用しています。
| 項目 | 中央値 |
|---|---|
| 売出価格 | 8,495万円 |
| 満室想定の年収 | 634万円 |
| 運営費の比率 | 15.0% |
| 固定資産税等 | 22万円 |
| 運営費と税を引いた後の年収 | 470万円 |
| 条件を満たした金融機関の数 | 11機関 |
35,810件のうち、条件を満たす融資の組み合わせが一つでもあったのは22,494件、62.8%でした。残りの37.2%は、この32機関のいずれの条件にも当てはまりません。買い手が現金で買うか、ここに入っていない先を持っているかのどちらかになります。
買い手の手残りは、年200万円あたり
| 区分 | 返済後の手残り(年額) |
|---|---|
| 下位4分の1の水準 | 126万円 |
| 中央値 | 213万円 |
| 上位4分の1の水準 | 361万円 |
| 手残りの対価格比(中央値) | 2.81% |
| 手残りがマイナスになる割合 | 2.5% |
中央値で年213万円、価格の2.81%です。ここが「持ち続けたときに毎年入る金額」の相場になります。売却の判断では、この金額を何年分ためれば、いま売った場合の手取りに届くのかを見ることになります。
ただし、いまお持ちの物件と、これから買う人の手残りは同じではありません。借入の残債が減っている物件は、返済額が当時のまま続いているぶん手残りが小さく、逆に完済していれば手残りは丸ごと残ります。ここでの数字は「買い手が見ている景色」です。売主の景色ではありません。売主が見るべきは、買い手にとってこの物件がいくら残る物件に見えるかのほうです。買い手の手残りが薄い物件は、価格を下げないと買われません。
境目は表面利回り6%台にある
手残りが価格の1.5%を超えるものを「返済後に残る物件」として、表面利回りの帯ごとに割合を出しました。
| 表面利回り | 件数 | 返済後に残る物件の割合 | 手残りの対価格比(中央値) |
|---|---|---|---|
| 5%未満 | 2,664件 | 2.3% | 0.51% |
| 5〜6% | 2,971件 | 31.9% | 1.34% |
| 6〜7% | 3,620件 | 94.3% | 2.02% |
| 7〜8% | 3,041件 | 100.0% | 2.66% |
| 8〜10% | 4,116件 | 100.0% | 3.63% |
| 10%以上 | 6,082件 | 100.0% | 6.42% |
5〜6%の帯では31.9%しか基準に届かないのに、6〜7%になると94.3%に跳ね上がります。6%台のどこかに、買い手が回るかどうかの断層があります。7%を超えると全件が基準を満たします。
この断層は、売却の意思決定に直接効きます。いまの表面利回りが6%を切っている物件は、価格を下げない限り買い手の手元に金額が残りません。逆に7%を超えている物件は、買い手側の資金繰りでつまずくことはまずない。買付が入ってから決済まで進むかどうかの見通しが、この一点でかなり読めます。
築年で見ると、古いほうが残る
| 建築年 | 件数 | 表面利回りの中央値 | 手残り(年額の中央値) | 返済後に残る物件の割合 |
|---|---|---|---|---|
| 2016年以降 | 4,687件 | 6.00% | 221万円 | 59.5% |
| 2006〜2015年 | 2,134件 | 6.76% | 202万円 | 70.9% |
| 1996〜2005年 | 2,853件 | 8.06% | 209万円 | 81.0% |
| 1982〜1995年 | 9,232件 | 8.51% | 229万円 | 86.8% |
| 1981年以前 | 3,055件 | 10.02% | 168万円 | 86.7% |
古い物件のほうが基準を満たす割合は高くなります。利回りが高いからです。ただし手残りの絶対額は1981年以前で168万円と最も小さい。価格が安いので、率は高くても金額は出ません。ここに、古い物件を持ち続けることの本当の問題があります。毎年の手残りは細く、そのあいだにも建物の評価は落ちていきます。時間を味方にできない状態です。
同じ判断を、価格の側から見る
基準に届いた物件と届かなかった物件を並べると、輪郭がはっきりします。
| 区分 | 件数 | 価格の中央値 | 建築年の中央値 | 表面利回りの中央値 |
|---|---|---|---|---|
| 返済後に残る物件 | 17,273件 | 6,900万円 | 1991年 | 8.45% |
| 残らない物件 | 4,688件 | 1億9,550万円 | 2008年 | 4.88% |
残らない物件は、価格が2.8倍、築年が17年新しく、利回りが3.6ポイント低い。都心の新しい大型物件がここに集まります。これらが売れないという意味ではありません。毎年の手残りではなく、資産としての保全や将来の値上がりを見て買われる商品だ、ということです。売主としては、どちらの理屈で買われる物件なのかを間違えないことが大事になります。手残りで買われる物件に資産価値を訴えても、資産で買われる物件に利回りを訴えても、相手には届きません。
当社では、こう見ています
持つか売るかのご相談では、まず「いま売った場合の手取り」と「持ち続けた場合の年間の手残り」を並べます。手取りから残債と費用と税を引いた金額を、年間の手残りで割ると、何年分に相当するかが出ます。この年数が、残存年数や大規模修繕までの期間より長いか短いかで判断します。年数だけを見ても答えは出ませんが、感触の議論を数字の議論に変えることはできます。
次の一歩
まず、ご自身の物件の現在の表面利回りを、いまの相場価格に対して計算し直してください。買ったときの価格ではなく、いま売れる価格で割ります。この数字が6%を割っているなら、融資を使う買い手には手残りが出ない物件です。7%を超えているなら、買い手の資金繰りは通ります。この一点だけでも、売却の進めやすさの見通しが変わります。
いま売れる価格の目安は、所在地と構造・築年数・満室想定年収から出せます。エリアの実測利回りで割り戻した収益価格と、路線価をもとにした積算の両方が出るので、その価格で割り直した利回りを6%台の断層と見比べてみてください。一棟の簡易査定はこちら(お名前やご連絡先の入力は必要ありません)。
まとめ
- 掲載利回りのある一棟35,810件のうち、32機関のいずれかの融資条件を満たしたのは62.8%
- 買い手の返済後の手残りは中央値で年213万円、価格の2.81%。マイナスになるのは2.5%
- 手残りが価格の1.5%を超える割合は、表面利回り5〜6%で31.9%、6〜7%で94.3%、7%超で100%。断層は6%台にある
- 築古は基準を満たす割合が高い一方、手残りの絶対額は1981年以前で168万円と最小
- 基準に届かない物件は価格1億9,550万円・築2008年・利回り4.88%。手残りではなく資産として買われる商品