一棟の売り時をどう決めるか。この問いには、性質のまったく違う二つの要素が同時に入っています。市場全体の水準が動く「市況」と、その物件だけが毎年抱え込む「築年」です。まず市況のほうから、実際の数字を置きます。当社が独自に集計した首都圏4都県(東京・神奈川・埼玉・千葉)の一棟アパートの相場利回りは、2019年の8.93%から2025年には7.23%まで下がりました。1棟マンションは8.15%から6.63%です。利回りが下がったということは、同じ賃料に対して価格が上がったということです。年間賃料が変わらないと仮定すれば、アパートもマンションも2割強の値上がりに相当します。
相場利回りは6年で1.7ポイント下がった
都県ごとに見ると、水準も下がり方も違います。
| 都県 | 一棟アパート 2019年 | 2022年 | 2025年 | 1棟マンション 2025年 |
|---|---|---|---|---|
| 東京都 | 7.30% | 6.70% | 5.90% | 5.40% |
| 神奈川県 | 8.60% | 8.10% | 7.30% | 6.70% |
| 埼玉県 | 9.50% | 8.70% | 7.60% | 7.20% |
| 千葉県 | 10.30% | 9.50% | 8.10% | 7.20% |
2019年から2025年の下がり方は、一棟アパートで神奈川県の1.3ポイントから千葉県の2.2ポイントまでの範囲に収まっています。東京だけが特別ということはありません。地方寄りの県ほど水準は高いままですが、低下の方向は共通しています。これが「市況は売り手に有利だった」ということの中身です。金利の上昇が話題になっている一方で、相場利回りの側は2025年時点でまだ低下の途上にあります。
ただし、この数字だけを見て「まだ待てる」と判断すると、もう一方の要素を見落とします。物件そのものは、待っている間に毎年不利になっていくからです。
あなたはどのケースでしょうか
売り時を考えている方は、だいたい次のどれかに当てはまります。
- 相場が上がっている今のうちに、と考えている——ただし今年でなくてもいい気がしている
- 大規模修繕の時期が近い——工事をしてから売るか、その前に手放すかを決めかねている
- 借入の残債と売却額の関係が読めない——売れるかどうかより、売って残るかどうかが問題
どのケースでも、判断の軸は同じです。市況が押し上げる分と、築年が押し下げる分を並べて、差し引きがまだ正なのかを見ます。以下では、押し下げる側の三つを実データで確認します。
押し下げ要因1:築年が進むほど、値下げの幅が大きくなる
当社が独自に集計した首都圏4都県の一棟45,571件について、2026年5月末から8月末までの約3か月間の価格改定を追いました。この期間に一度でも値下げをした物件は4,205件、全体の9.2%です。値下げ幅の中央値は5.8%でした。値下げは一度で終わるとは限らず、2回以上下げた物件が781件ありました。値下げをした物件の18.6%にあたります。
これを建築年で分けると、傾向がはっきりします。
| 建築年 | 件数 | 3か月で値下げした割合 | 値下げ幅の中央値 |
|---|---|---|---|
| 2016年以降 | 11,547件 | 7.7% | 4.2% |
| 2006〜2015年 | 4,067件 | 8.1% | 4.8% |
| 1996〜2005年 | 3,910件 | 10.8% | 5.6% |
| 1982〜1995年 | 18,600件 | 8.8% | 5.8% |
| 1981年以前 | 7,412件 | 12.4% | 9.1% |
1981年以前の物件は、値下げに至る割合が新しい物件の1.6倍で、下げ幅も倍以上です。売り出してから価格を下げる可能性が高く、しかも一度に大きく下げることになる、ということです。この差は、売主の性格の違いではありません。買い手の側の事情が変わるからです。
押し下げ要因2:融資年数は暦で減っていく
買い手が融資を使う場合、返済期間は建物の構造ごとの年数から築年数を引いて決まるのが一般的です。当社が独自に集計している一棟向け融資の条件データベースでは、木造について耐用年数の基準を明記している18の金融機関のうち、12機関が22年以下を基準にしていました。RC造では19機関のうち12機関が47年でした。
この形式には重要な性質があります。基準年数から築年数を引く方式では、1年待てば返済期間が1年短くなるという点です。返済期間が短くなると、同じ価格でも買い手の毎月の返済額が増えます。手元に残る金額が減れば、買える人の数が減ります。買える人が減れば、価格を下げるか時間をかけるかの二択になります。先ほどの表で古い物件ほど値下げ幅が大きかったのは、この連鎖の結果です。
木造で基準が22年の場合、築22年を超えた時点で残存年数はゼロになります。そこから先も融資を出す機関はありますが、数は絞られます。売り時を「相場が高いとき」とだけ考えていると、この暦の進み方を計算に入れ損ねます。
押し下げ要因3:積算の中身が土地だけになっていく
もう一つ、静かに進む変化があります。積算評価に占める建物の割合です。当社が独自に集計した売出中の一棟について、積算の内訳を建築年ごとに見ると次のようになります。
| 建築年 | 件数 | 建物の評価がゼロになる割合 | 積算に占める建物の割合(中央値) |
|---|---|---|---|
| 2016年以降 | 6,351件 | 0.0% | 52.0% |
| 2006〜2015年 | 2,958件 | 2.0% | 37.5% |
| 1996〜2005年 | 3,864件 | 34.4% | 22.6% |
| 1982〜1995年 | 11,970件 | 58.6% | 0.0% |
| 1981年以前 | 4,354件 | 92.9% | 0.0% |
1982〜1995年築の時点で、すでに6割近くが建物の評価をゼロで計算されています。1981年以前では9割を超えます。ここまで来ると、その物件の担保としての価値は土地だけで決まります。裏を返せば、土地の価値が高い場所であれば築年が進んでも価格の底は残る、ということでもあります。売り時の判断は、この底がどこにあるかによって変わります。
差し引きで考える
ここまでを整理します。市況の側は、6年で相場利回りが1.7ポイント下がりました。年あたりに直すとおよそ0.28ポイントです。仮にこの傾きが続くとすれば、同じ賃料の物件の価格は年3〜4%ずつ上がる計算になります。一方で築年の側は、返済期間が毎年1年ずつ削れ、いずれ建物の評価がゼロに落ちます。
市況の追い風と築年の目減りは、同時に進みます。ですから売り時の判断は「相場の天井を当てる」ことではありません。自分の物件について、押し上げと押し下げのどちらが大きいかを見ることです。木造で築20年前後の物件は、押し下げの側に段差が近いので、判断を先送りするコストが高くなります。RC造で築25年の物件は、まだ残存年数に余裕があり、賃料が維持できているなら急ぐ理由は小さくなります。
大規模修繕は、してから売るべきか
売り時の相談でよく出るのが、外壁塗装や屋上防水を実施してから売るべきか、という論点です。ここも同じ枠で考えられます。
収益還元の側から見ると、修繕は賃料を守る投資です。ただし「維持」であって「上昇」ではありません。修繕をしたから賃料を上げられる、という関係にはならないのが普通です。積算の側から見ると、修繕は残存年数を戻しません。融資の返済期間は建物の構造と築年数で決まるので、外壁を塗り替えても計算は変わりません。つまり、修繕は二つの評価軸のどちらも押し上げないということです。
では意味がないかというと、そうではありません。買い手にとっては「当面の大きな出費がない」ことが価値になります。この価値は率ではなく絶対額で評価されます。1,000万円の工事は1,000万円であって、価格を1割上げる根拠にはなりません。逆に、修繕を先送りしたまま売る場合、買い手は必要な工事費を見積もって引き算します。引かれる金額と工事費が近いなら、工事をしてもしなくても差し引きは変わりません。
工事に踏み切る価値が出るのは、工事をしないと買い手の融資が付かない場合です。雨漏りや外壁の剥離が進んでいる物件は、担保評価の段階で条件が付きます。この場合は工事費以上の効果があります。実施した場合は、工事の内容・金額・時期が分かる書類を必ず残してください。書類があれば絶対額として素直に価格に反映できますが、書類がなければ「きれい」という印象しか残らず、価格には乗りません。
当社では、こう見ています
当社には月に500件ほど、売却のご相談や物件のお持ち込みがあります。売り時のご相談を受けたときは、まず三つの数字を並べます。その物件が建つエリアの相場利回りが直近数年でどう動いたか。構造と築年から、買い手側の返済期間があと何年取れるか。積算のうち建物がまだ残っているか。この三つが揃うと、「今年売る」と「3年後に売る」の差が金額として見えます。感触ではなく差額で議論できるので、判断が速くなります。
次の一歩
最初に確認していただきたいのは、構造ごとの基準年数から築年数を引いた「残り年数」です。木造なら22年、鉄骨造なら34年、RC造なら47年を出発点にして、今の築年数を引いてみてください。ここが5年を切っているなら、買い手の融資条件は今後急に厳しくなります。相場の上昇を待つ判断は、この残り年数と天秤にかけることになります。
土地の側の底がどこにあるかは、エリアの土地単価を見るとおおよそ掴めます。市区ごとの土地の相場は土地・戸建ての相場データで確認できます。レントロール・登記簿・建物の概要が分かる資料をお預かりできれば、収益還元と積算の両方を出したうえで、今年と数年後の差額までご説明します。
まとめ
- 首都圏4都県の一棟アパートの相場利回りは2019年8.93%から2025年7.23%へ低下。同じ賃料なら価格は約23%上がった計算になる
- 一方で1981年以前の物件は、3か月で値下げに至る割合が12.4%、下げ幅の中央値が9.1%。2016年以降の物件(7.7%・4.2%)と大きく開く
- 融資の返済期間は基準年数から築年数を引く方式が主流。木造は18機関中12機関が22年以下を基準にしている
- 積算に占める建物の割合は築年とともに落ち、1982〜1995年築では58.6%が建物ゼロで計算される
- 売り時の判断は相場の天井当てではなく、押し上げと押し下げの差し引き。残存年数が5年を切ると先送りのコストが上がる
売り時かどうかは、頭の中だけで転がしていても決まりません。所在地と築年、満室想定年収を置いてみると、エリアの実測利回りで割り戻した価格と、路線価をもとにした積算が同時に出ます。一棟の簡易査定はこちら(入力は所在地・築年・満室想定年収だけで、お名前やご連絡先は必要ありません)。
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
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