一棟の価格には二つの出し方があります。賃料から逆算する収益還元と、土地と建物を積み上げる積算です。売主の方はふつう収益還元で考えます。利回りが何%だからいくら、という筋道です。ところが買い手は、そこに積算をぶつけてきます。当社が独自に集計した売出中の一棟28,345件について、積算評価が売出価格の何割を占めるかを計算すると、中央値は51.9%でした。四分位で見ると39.8%から69.3%の範囲に半分が入ります。売出価格の半分ほどしか積算では説明できないのが、現在の市場の標準的な姿です。この記事では、この差がどこから生まれ、買い手がどちらの数字で止まるのかを整理します。
積算が価格に届く物件は13件に1件
同じ28,345件のうち、積算評価が売出価格以上になった物件は7.5%でした。積算が価格を上回る物件は、13件に1件しかありません。反対に、売出価格が積算の2倍以上になっている物件は46.1%あります。つまり、いわゆる「積算が出る物件」は例外的な存在で、市場の大半は積算割れの状態で取引されています。
エリア別に見ると、地価の高い場所ほど積算のカバー率が低くなります。
| エリア | 件数 | 積算が価格に占める割合(中央値) | 表面利回りの中央値 |
|---|---|---|---|
| 東京都 | 4,687件 | 46.1% | 5.31% |
| 神奈川・埼玉・千葉 | 5,188件 | 49.4% | 7.00% |
| 大阪・愛知・福岡・兵庫・京都 | 6,546件 | 49.4% | 7.16% |
| その他の道県 | 11,924件 | 57.9% | 9.75% |
直感に反すると感じるかもしれません。東京は土地が高いのだから積算も高いはずだ、と考えるのが自然です。ですが積算は路線価などを土台にした評価で、実際の取引価格の上昇には追いつきません。地価が上がった場所ほど、実勢価格と積算の差は開きます。地方に行くほどカバー率が上がるのは、土地が安いからではなく、取引価格が積算に近い水準にとどまっているからです。
あなたはどのケースでしょうか
この記事を読んでいる方は、次のどれかだと思います。
- 利回りで計算した希望価格と、査定額が合わない——どちらの計算が正しいのかを知りたい
- 買い手が「積算が出ない」と言って降りた——何を見て言っているのか説明されなかった
- 自分が買ったときは積算で評価されたはずだ——当時と今で何が変わったのかが分からない
三つ目は特に多い誤解です。積算は物件の性質だけで決まる数字ではありません。次に説明するとおり、建物の側が時間とともに消えていくためです。
積算の中身は、時間とともに土地だけになる
積算は「土地の評価+建物の評価」です。建物の評価は、再調達価格に残存年数の割合を掛けて出します。残存年数がゼロになれば建物の評価もゼロになります。当社が独自に集計した売出中の一棟について、建築年ごとに内訳を見ると次のようになります。
| 建築年 | 件数 | 建物の評価がゼロになる割合 | 積算に占める建物の割合(中央値) |
|---|---|---|---|
| 2016年以降 | 6,351件 | 0.0% | 52.0% |
| 2006〜2015年 | 2,958件 | 2.0% | 37.5% |
| 1996〜2005年 | 3,864件 | 34.4% | 22.6% |
| 1982〜1995年 | 11,970件 | 58.6% | 0.0% |
| 1981年以前 | 4,354件 | 92.9% | 0.0% |
新築時には積算の半分を建物が担っています。それが築20年前後で1割から2割まで落ち、築30年を超えると6割近い物件で建物がゼロになります。ここで重要なのは、賃料が同じでも積算はこの通りに減るという点です。収益還元の側では建物が稼いでいる限り数字は保たれます。この二つが、年を追うごとに離れていきます。
ご自身が購入したときの評価と今の評価が違うのは、多くの場合これが理由です。物件が悪くなったのではなく、建物の残存年数を消費した分だけ積算が減ったということです。
利回りが高い物件ほど、積算のカバー率は高い
表面利回りの帯ごとに積算のカバー率を見ると、きれいな傾きが出ます。
| 表面利回り | 件数 | 積算が価格に占める割合(中央値) |
|---|---|---|
| 5%未満 | 2,954件 | 42.7% |
| 5〜6% | 3,319件 | 48.0% |
| 6〜7% | 4,361件 | 51.4% |
| 7〜8% | 3,549件 | 54.3% |
| 8〜10% | 4,711件 | 54.8% |
| 10%以上 | 6,608件 | 55.8% |
低利回りの物件は、収益還元で価格が押し上げられている分だけ積算から離れます。高利回りの物件は価格が抑えられているので、相対的に積算が追いつきます。ただしこの表を「高利回りのほうが安全」と読むのは早計です。高利回りの物件は建物が古く、その積算はほとんど土地だけで構成されています。カバー率が高いのは、建物の評価があるからではなく、価格が低いからです。
買い手はどちらで止まるのか
実務では、収益還元と積算の低いほうで頭が押さえられます。理由は二つあります。
一つ目は融資です。当社が独自に集計している一棟向け融資の条件データベースでは、収録している32の金融機関のうち20機関が積算を評価に使うと明記し、16機関が収益還元を使うと明記していました。両方を併記しているのは9機関です。買い手が資金を引く先の多くが積算を見ている以上、積算が出ない物件は融資額が伸びません。融資額が伸びなければ、買い手は自己資金を厚くするか、価格を下げるよう求めるかのどちらかになります。
二つ目は出口です。買い手はいずれその物件を売ります。そのときの相手も同じ制約を受けます。収益還元だけで成立している価格は、賃料が下がった瞬間に根拠を失います。積算はそこまで急には動かないので、下値の目安として機能します。逆に、積算だけが高くて収益が伴わない物件は、保有中の資金繰りが苦しくなります。どちらか一方が突出している物件は、そのまま買われることはあまりありません。
収益還元の側にも幅がある
ここまで積算の話を続けましたが、収益還元のほうが確かな数字だというわけでもありません。収益還元は「年間賃料 ÷ 還元利回り」の割り算です。分子と分母のどちらにも幅があります。
分母のほうが影響は大きいです。年間賃料840万円の物件を7.0%で割ると1億2,000万円ですが、8.0%で割ると1億500万円になります。還元利回りを1ポイント動かすだけで1,500万円動きます。売主の側は、自分の物件に「高く売れた事例の利回り」を当てたくなります。買い手はそうしません。同じ路線の前後3駅まで広げた水準を使います。一つの駅だけでは年間の取引件数が足りず、たまたま高く決まった1件に引きずられるからです。
分子にも幅があります。表面利回りの計算に使うのは満室想定の年間賃料ですが、実際には管理費・修繕費・固定資産税・原状回復費・空室損が引かれます。これらを引いた後の数字で計算し直すと、表面7%の物件は実質5%前後まで落ちるのが一般的です。買い手が最終的に見ているのはこちらの数字です。
積算のほうが評価として動きにくいのは、この不確実さが少ないためです。土地の面積と路線価、建物の面積と構造と築年数。どれも書類で確定できます。買い手も金融機関も、動きにくい数字を下値の根拠に置きたがります。収益還元が上、積算が下という並びになるのは、そのためです。
数字で追ってみる(説明のための例)
二つの評価がどう食い違うかを、例で追ってみます。以下は実在の物件ではなく、説明のために作った数値例です。
- 木造アパート12戸、築28年、年間賃料840万円
- エリアの相場利回りを7.0%とすると、収益還元では 840万円 ÷ 0.07 = 1億2,000万円
- 土地150㎡、路線価ベースの土地評価が6,000万円。木造築28年なので建物の残存年数はゼロ、建物評価は0円
- 積算は6,000万円。積算が価格に占める割合は50.0%で、先ほどの中央値51.9%とほぼ同じ
この物件を融資で買おうとすると、積算を見る機関では6,000万円が評価額の出発点になります。仮に評価額の8割まで融資が出るとすれば4,800万円です。1億2,000万円の物件に対して自己資金が7,200万円必要になり、現実的ではありません。収益還元を見る機関であれば話は変わりますが、そちらは残存年数がゼロなので返済期間を長く取れません。結局、どちらの経路でも詰まります。売主の側から見ると、これが「利回りは妥当なのに買い手がつかない」という状態の中身です。
当社では、こう見ています
当社には月に500件ほど、売却のご相談や物件のお持ち込みがあります。一棟については、収益還元と積算を必ず両方出したうえで、低いほうを判断の軸に置いています。高いほうを採ると、前提が一つ崩れただけで手が詰まるためです。そのうえで、二つの差がどれだけ開いているかを売主の方にお伝えするようにしています。差が小さい物件は買い手の層が厚く、価格の交渉余地も小さくなります。差が大きい物件は、収益還元だけで買える相手を探すことになるので、時間がかかります。この見立ては、価格を下げるための材料ではなく、売り方を決めるための材料です。
次の一歩
お手元でできる確認は、土地の評価を概算することです。土地の面積に、その場所の路線価か土地の相場単価を掛けます。この金額が売出予定価格の何割にあたるかを見てください。5割前後であれば市場の標準的な位置にあり、3割を下回るようであれば、買い手は収益還元だけで判断せざるを得ない物件ということになります。エリアごとの土地単価は土地・戸建ての相場データで確認できます。
レントロール・登記簿・建物の概要が分かる資料をお預かりできれば、収益還元と積算の両方を計算したうえで、どちらで頭が押さえられているかまで含めてご説明します。一棟物件のご相談窓口はこの記事の下にご案内があります。
まとめ
- 売出中の一棟28,345件で、積算が売出価格に占める割合の中央値は51.9%。積算が価格以上になるのは7.5%だけ
- 地価の高いエリアほどカバー率は低い(東京都46.1%/その他の道県57.9%)。積算は実勢価格の上昇に追いつかない
- 積算に占める建物の割合は新築時で52.0%、築30年を超えると58.6%の物件で建物がゼロになる
- 買い手は収益還元と積算の低いほうで止まる。融資条件データベースの32機関中20機関が積算を評価に使うと明記している
- 売主側の確認は「土地評価が売出価格の何割か」。5割前後が市場の標準的な位置
自分の物件で二つの評価がどれだけ離れているかは、実際に並べてみるのが早いです。収益還元と積算を同時に出して、比率まで表示します。一棟の簡易査定はこちら(入力は所在地・築年・満室想定年収だけで、お名前やご連絡先は必要ありません)。
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
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