この記事の結論
- 三重中京大学の跡地には、2018年4月に県立松阪あゆみ特別支援学校が開校しました。
- 大学は2013年に閉学し、旧校舎解体・整地を経て跡地の一部が学校用地として活用されています。
- 跡地全体のうち学校以外の区画は、2026年10月時点で更地や駐車場のまま残っています。
「三重中京大学の跡地は今どうなっているの?」と気になっている方は少なくないはずです。かつて松阪市の久保町に存在したこの大学は、2013年に閉学してから10年以上が経過しました。跡地の一部はすでに新しい施設として生まれ変わっていますが、全体を見渡すとまだ活用されていない区画も残っているのが現状です。この記事では、大学がなぜ閉学したのか、跡地がどのように整備されてきたのか、そして現在の状況と周辺の不動産への影響について、わかりやすく整理してお伝えします。
三重中京大学はなぜ閉学したのか

三重中京大学が閉学した背景には、日本全体で進む少子化と、それに伴う大学経営の厳しさがあります。地方の小規模大学ほど学生確保が難しくなる傾向があり、松阪市に立地していた三重中京大学も例外ではありませんでした。
中京大学の公式サイトによると、三重中京大学は2013年に閉学しています(出典:中京大学 https://www.chukyo-u.ac.jp/information/about/a4.html)。閉学に至るまでの詳細な経緯や財務状況については、リサーチ結果の範囲では確認できていません。ただ、地方の私立大学が定員割れを繰り返す中で経営継続を断念するケースは、2010年代以降に全国で相次いでおり、三重中京大学もその流れの中にあったと考えられます。
大学がなくなることは、地域にとって単なる施設の消滅にとどまりません。学生という若い人口が流出し、周辺の飲食店や商店の客足が減るなど、地域経済への影響も生じます。松阪市にとっても、大学跡地をどう活用するかは重要な課題となりました。
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旧校舎の解体から特別支援学校の開校まで

閉学後の跡地については、三重県が新たな公共施設の整備に乗り出しました。三重県が公表した環境配慮検討書によると、計画地は旧三重中京大学跡地であり、旧校舎を解体・整地したうえで新たに校舎を建築する方針が示されていました(出典:三重県 https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000415529.pdf)。
この計画に基づいて整備が進められたのが、県立松阪あゆみ特別支援学校です。三重県の発表によると、学校の所在地は松阪市久保町1846-195、すなわち旧三重中京大学の跡地であることが明記されています(出典:三重県 https://www.pref.mie.lg.jp/SHIENKYO/HP/m0213200043.htm)。旧校舎の解体という大規模な工事を経て、まったく新しい建物として生まれ変わったわけです。
開校に先立ち、三重県は平成30年2月に内覧会を実施しています。そして平成30年(2018年)4月、県立松阪あゆみ特別支援学校が正式に開校しました(出典:三重県 https://www.pref.mie.lg.jp/SHIENKYO/HP/m0213200043.htm)。閉学から約5年という期間で、跡地の一部が公共の教育施設として再活用されたことになります。
県立松阪あゆみ特別支援学校とはどんな学校か
松阪あゆみ特別支援学校は、松阪市と多気郡の多気町・明和町・大台町、合わせて1市3町を通学区域とする学校です(出典:三重県立松阪あゆみ特別支援学校 https://www.mie-c.ed.jp/smatus/guide.html)。広い通学区域をカバーしており、地域の特別支援教育の拠点として機能しています。
学校の住所は松阪市久保町1846-195で、電話番号は0598-30-8170です(出典:令和5年度入学者募集要項 https://www.mie-c.ed.jp/smatus/img/file848.pdf)。旧大学の広大な敷地の一部を活用して建てられた新校舎は、特別支援教育に適した環境として整備されています。
大学という高等教育機関から特別支援学校へという転換は、一見すると大きな変化に見えます。しかし地域の子どもたちの教育を支えるという意味では、跡地が引き続き「学びの場」として活用されていることに変わりはありません。地域の実情に合わせた公共的な利用という点で、跡地活用の一つの成功例といえるでしょう。
跡地の現在:学校以外の区画は更地や駐車場のまま
重要なのは、旧三重中京大学の跡地すべてが特別支援学校になったわけではないという点です。朝日新聞の現地取材によると、三重中京大跡地には特別支援学校があるものの、ほとんどが更地や駐車場になっている状況が報じられています(出典:朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/AST6K3TDZT6KUTIL00WM.html)。
2026年10月時点で公表されている情報の範囲では、学校以外の区画について具体的な再開発計画や売却計画は確認できていません。所有者・管理主体の最新情報、各区画の境界や面積の詳細についても、現時点では公式な情報が示されていない状況です。大学跡地の再活用は全国的に見ても時間がかかるケースが多く、松阪市の久保町においても、残る更地の行方は今後の課題として残っています。
地方都市における大学跡地の活用は、自治体の財政状況や民間事業者の関心度によって大きく左右されます。商業施設や住宅地として開発されるケースもあれば、公共施設として整備されるケース、あるいは長期間にわたって更地のまま残るケースもあります。松阪市の久保町については、最新の動向を三重県や松阪市の公式サイトで随時確認することをおすすめします。
跡地と周辺の不動産への影響

大学の閉学と跡地の変化は、周辺の不動産市場にも影響を与えます。まず押さえておきたいのは、大学があった時代と現在では、周辺エリアの需要構造が変わっているという点です。学生向けのアパートや下宿の需要は閉学とともに消滅し、賃貸物件の空室率が上昇した可能性があります。
一方で、特別支援学校の開校は周辺の住環境に一定の安定をもたらします。公共施設が立地することで、エリアとしての信頼性が維持されるためです。ただし、学校は学生アパートのような賃貸需要を直接生み出すわけではないため、大学時代のような賑わいが戻るわけではありません。
残る更地や駐車場の区画が今後どのように活用されるかによって、周辺の不動産価値は大きく変わる可能性があります。たとえば商業施設や住宅地として開発されれば、エリア全体の利便性が高まり、不動産需要の回復につながることも考えられます。逆に長期間にわたって更地のまま放置されれば、周辺の活気が戻りにくくなるリスクもあります。松阪市久保町周辺の不動産を検討している方は、跡地の活用計画の動向を継続的にチェックすることが重要です。具体的な相場や将来性については、地元の不動産会社や松阪市の都市計画担当窓口に直接確認することをおすすめします。
まとめ
三重中京大学は2013年に閉学し、松阪市久保町の跡地は旧校舎の解体・整地を経て、2018年4月に県立松阪あゆみ特別支援学校として生まれ変わりました。1市3町を通学区域とするこの学校は、地域の特別支援教育の拠点として機能しています。しかし跡地全体を見ると、学校以外の区画は2026年10月時点でも更地や駐車場のまま残っており、今後の活用が注目されます。周辺の不動産への影響も含め、最新情報は三重県や松阪市の公式サイトで随時ご確認ください。大学跡地の再開発は地域の将来像を左右する重要なテーマです。引き続き動向を見守っていきましょう。
参考文献・出典
- 三重県 – 県立松阪あゆみ特別支援学校(平成30年4月開校)の内覧会を実施します — https://www.pref.mie.lg.jp/SHIENKYO/HP/m0213200043.htm
- 三重県 – 特別支援教育:更新情報 — https://www.pref.mie.lg.jp/SHIENKYO/HP/all.htm
- 三重県立松阪あゆみ特別支援学校 – 学校紹介 — https://www.mie-c.ed.jp/smatus/guide.html
- 三重県立松阪あゆみ特別支援学校 – 令和5年度高等部入学者募集要項 — https://www.mie-c.ed.jp/smatus/img/file848.pdf
- 中京大学 – 歴史|梅村学園・中京大学の歴史 — https://www.chukyo-u.ac.jp/information/about/a4.html
- 朝日新聞 – 大学がなくなった街 あきらめきれない誘致に、新たな「学びの策」 — https://www.asahi.com/articles/AST6K3TDZT6KUTIL00WM.html
- 三重県 – 環境配慮検討書 — https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000415529.pdf