アパート経営を始めて30年が経過すると、建物の老朽化や空室リスクが現実の問題として重くのしかかってきます。築30年を超えた物件をどう運営し、いつ出口を迎えるべきか。頭を悩ませているオーナーは決して少なくありません。
しかし、築古だからといって収益を諦める必要はありません。計画的な修繕、法人の活用、そして明確な出口戦略を組み合わせることで、資産を守りながら収益を維持できる可能性は十分にあります。本記事では、公的なデータや制度に基づき、アパート経営30年後を乗り切るための実務的なポイントを体系的に解説します。
築30年を超えたアパートが直面する現実

築30年前後の賃貸住宅では、複数の課題が同時に表面化してきます。まず押さえておきたいのが、市場全体の空室状況です。総務省の令和5年住宅・土地統計調査によると、共同住宅の賃貸用等空き家は479万4千戸にのぼり、そのうち民営が370万9千戸で全体の77.4%を占めています。つまり、空室リスクは一部の物件だけの問題ではなく、賃貸市場全体に広がっている現実なのです。
さらに注目すべきは、空き家となっている物件の築年数です。同調査では、民営の賃貸用等空き家のうち築年数の古い物件ほど戸数が多い傾向が見られ、築30年前後の物件が空室に悩まされやすい層であることが、データからも読み取れます。加えて、49㎡以下の狭い住宅が民営の空き家全体の約4割を占めており、間取りの狭さも競争力低下の要因になっていると考えられます。
老朽化を放置することの危険性についても、公的機関が明確に警鐘を鳴らしています。国土交通省の計画修繕ガイドブックは、修繕を先送りすると外観の劣化などで新築物件との競争力が低下し、収入減により修繕費すら確保できなくなる「負のスパイラル」に陥ると指摘しています。人が住めない状態にまで至る恐れがあるとも述べており、早めの対応がいかに重要かがわかります。
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30年目に効いてくる部位別の修繕計画

築30年のアパートで求められる修繕は、「大規模修繕が必要」という漠然とした話では済みません。部位ごとに更新すべき時期が異なるため、計画的に備えることが欠かせないのです。
国土交通省の計画修繕ガイドブックによると、屋根の防水や葺き替えは21年から25年目、給排水管の取り替えは30年目が目安とされています。給湯器やエアコンといった設備の交換は11年から15年目が更新時期です。つまり築30年の物件は、設備の二巡目の交換に加えて、給排水管という大がかりな工事が重なるタイミングを迎えているわけです。
修繕費の規模感も示されています。同省のモデルケースでは、30年までの修繕費イメージについて、戸あたりおよび棟あたりでの試算が示されています。この金額を突然用意するのは容易ではありません。だからこそ、日頃から修繕積立を意識し、部位ごとの更新時期を見越した資金計画を立てておくことが、経営の安定につながります。
長期の収支感覚を持つことも大切です。国土交通省が示すモデル事例では、長期通算での総家賃収入と総支出が試算されており、投資回収の時期が示されています。30年という節目はまさに投資回収を終え、その後の収益をどう確保していくかを考えるべき局面だといえます。
法人化を検討すべき所得水準の判断軸
収益構造を見直すうえで、法人化は有力な選択肢のひとつです。ただし「節税になることがある」という曖昧な理解ではなく、どの所得水準で有利になるのかを具体的に把握しておく必要があります。
まず個人と法人では税率の仕組みが根本的に異なります。国税庁によると、個人の所得税率は5%から45%までの7段階の累進課税で、所得が増えるほど税率が跳ね上がります。これに住民税が加わると、最高で55%前後の負担になることもあります。一方、普通法人の法人税率は、年800万円以下の部分が15%、800万円を超える部分が23.2%です。所得が一定水準を超えると、法人のほうが税率で有利になる構造が見えてきます。
この違いを踏まえると、判断の軸は所得水準にあります。一般的には、個人の課税所得が900万円を超えるあたりから法人化のメリットが出やすいとされています。ただし、法人には設立費用や毎年の税務コスト、赤字でも発生する法人住民税の均等割といった負担もあります。節税額がこれらのコストを上回るかどうか、専門家とシミュレーションしたうえで判断することが欠かせません。最適な水準は物件規模や収益状況によって変わるため、あくまで個別事情に応じた検討が前提となります。
家族経営と青色申告を活かす個人での工夫
法人化に踏み切る前に、個人経営の枠内でできる節税策も整理しておきましょう。ここで鍵になるのが「事業的規模」という考え方です。
国税庁の基準では、アパートなど貸間の場合は独立した室数がおおむね10室以上、独立家屋なら5棟以上であれば事業的規模と判断されます。この規模に達しているかどうかで、使える節税策が変わってきます。特に大きいのが青色事業専従者給与です。国税庁は、不動産貸付けが事業として行われている場合には専従者給与の適用があるものの、そうでない場合には適用がないと明記しています。家族に手伝ってもらいながら経営する場合、事業的規模かどうかが給与を経費にできるかの分かれ目になるのです。
青色申告そのものにも手続き上の注意点があります。新たに不動産の貸付けを始めた年から青色申告をするには、開業の日から2か月以内に承認申請書を提出するのが基本です。期限を過ぎると初年度から青色申告の特典を受けられないため、開業時のスケジュール管理が重要になります。
築古物件の取得で鍵を握る中古資産の耐用年数
築30年の物件を新たに取得したり法人へ移管したりする場合、税務の核心となるのが減価償却です。減価償却とは、建物などの資産価値の減少を費用として計上する会計処理で、これが大きいほど課税所得を圧縮できます。
中古資産には特有の計算方法があります。国税庁によると、法定耐用年数の全部を経過した資産であれば、法定耐用年数の20%に相当する年数で償却できます。ここで構造による差が重要になります。建物の法定耐用年数は木造住宅用が22年、RC造の住宅用が47年です。木造の場合、築30年ならすでに法定耐用年数を超えているため、22年の20%にあたる約4年という短期間で償却できます。
一方、RC造は法定耐用年数が47年と長いため、築30年ではまだ超過していません。この場合は残存年数に経過年数の20%を加えて計算するため、木造ほど短期の償却にはなりません。金属造は骨格材の肉厚によって34年・27年・19年に分かれており、構造ごとに償却期間が大きく変わる点を理解しておく必要があります。同じ築30年でも、木造とRC造では節税インパクトがまったく異なるのです。
ただし、減価償却費を多く計上して毎年赤字を続けると、金融機関からの評価が下がり、新規融資や借り換えで不利になる恐れがあります。償却期間が終われば課税所得が急増することも見込み、その時点での出口まで含めた長期計画を描くことが求められます。
法人で融資を受けるための金融実務
築古物件で資金調達を考える際は、法人による借入の現実を押さえておく必要があります。近年は資産管理会社名義での融資に対応する金融機関も増えています。
実際に、オリックス銀行は資産管理会社名義での不動産投資ローンの申込みを可能としており、所定の要件を満たす法人であれば借入が検討できます。また、スルガ銀行の法人向け投資用不動産ローンは、アパートや賃貸マンションの新築・購入・借換を対象とし、融資期間は1年以上35年以内と定められています。ただし、原則として法人代表者が連帯保証人となることが求められる点には留意が必要です。
これらの実務から見えてくるのは、法人であっても代表者個人の信用が審査に大きく影響するという事実です。法人設立から日が浅く決算実績が乏しい段階では審査が厳しくなりやすいため、当初は個人保証を前提に考えておくのが現実的です。過度な減価償却で赤字を続けず、貸借対照表の健全性を保つことが、長期的な資金調達力につながります。なお、各金融機関の条件は改定されることがあるため、最新情報は各社の公式情報でご確認ください。
空室対策は設備需要に基づいて優先順位を
築古物件で入居率を維持するには、戦略的なリフォームが欠かせません。重要なのは、すべてを豪華にするのではなく、入居者が本当に求める設備に投資を集中させることです。
入居希望者のニーズは、独自調査で判明したデータからも明確に読み取れます。2025年の賃貸で問い合わせの多かった設備ランキングでは、1位が駐車場で41.8%、2位がインターネット接続料無料で28.8%、3位がオートロックで22.4%、4位が洗面所独立で21.7%という結果でした。築古物件の競争力を高めるなら、こうした需要の高い設備から優先的に整えるのが合理的だといえます。
なかでもインターネット無料化は、大がかりな工事を伴わずに導入できる場合が多く、費用対効果の高い施策です。一方で間取り変更を伴う大規模なリノベーションは、資本的支出として複数年にわたり費用化されるため、短期的な節税効果は限定的になります。給湯器やエアコンの交換のように原状回復の範囲であれば修繕費として一括計上できることも多く、工事の性質によって税務上の扱いが変わります。どの工事が修繕費か資本的支出かの判断は複雑なため、税理士と相談しながら計画を立てるとよいでしょう。周辺の家賃相場を調査し、改修後にどの程度の家賃アップが見込めるかを試算することも忘れてはなりません。
アパート経営30年後の出口戦略
築30年を超えた物件だからこそ、出口の描き方が経営の成否を左右します。主な選択肢は、売却・建て替え・長期保有の三つに整理できます。
売却を選ぶ場合は、タイミングの見極めが重要です。投資回収を終えた後の建物の劣化度合いや修繕負担を踏まえて判断する必要があります。給排水管の取り替えなど大きな支出が控えているなら、その前に売却するという考え方も成り立ちます。
長期保有を続けるなら、収益見通しを明確にする工夫が有効です。国土交通省は定期建物賃貸借について、契約期間の満了で更新なく確定的に契約が終了する制度であり、収益見通しの明確化や不確実性の低減に資すると説明しています。将来的な建て替えを見据えて運営する場合、定期借家契約を活用すれば、計画的に退去時期を調整しやすくなります。建て替えそのものは収益性を大きく改善できる一方、多額の初期投資を伴うため、資金計画を慎重に検討することが前提となります。
相続を見据えた資産承継の考え方
30年という節目は、次世代への承継を意識し始める時期でもあります。ここで押さえておきたいのが、小規模宅地等の特例です。
国税庁によると、貸付事業用宅地等については200㎡までの部分について評価額を50%減額できます。この特例は相続税の負担を大きく左右するため、賃貸物件を保有するオーナーにとって見逃せない制度です。しかも、事業的規模でない不動産の貸付けであっても、この特例の対象となる場合があると国税庁は示しています。規模が小さいからと諦めず、適用の可能性を確認しておく価値があります。
承継の方法は物件の保有形態によって変わります。個人保有なら不動産そのものの評価額が相続の対象となり、法人保有なら法人の株式が対象になります。それぞれにメリットと注意点があるため、どの形態が自分の状況に適しているかは、税理士など専門家に相談しながら慎重に判断することが重要です。制度の適用要件は個別事情によって異なるため、最新情報は国税庁の公式サイトでご確認ください。
まとめ
アパート経営30年後を乗り切る鍵は、部位別の修繕計画、所得水準に応じた法人化の判断、構造ごとの減価償却の理解、そして明確な出口戦略にあります。空室が賃貸市場全体に広がるなか、築古物件だからこそ、公的なデータと制度を正しく理解したうえで戦略を立てることが求められます。
老朽化を放置すれば負のスパイラルに陥りかねませんが、逆に計画的に手を打てば、30年を超えた物件でも十分な収益を生み出すことができます。まずは自分の物件の構造や規模、収益状況を整理し、税理士や金融機関といった専門家と連携しながら、具体的な事業計画の作成から始めてみてください。
参考文献・出典
- 総務省 令和5年住宅・土地統計調査 共同住宅の空き家についての分析 – https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2023/pdf/bunseki.pdf
- 国土交通省 民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック – https://www.mlit.go.jp/common/001231406.pdf
- 国土交通省 賃貸アパート 木造・2階建の計画修繕事例 – https://www.mlit.go.jp/common/001339104.pdf
- 国税庁 No.2260 所得税の税率 – https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
- 国税庁 No.5759 法人税の税率 – https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5759.htm
- 国税庁 No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除 – https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2075.htm
- 国税庁 No.5404 中古資産の耐用年数 – https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5404.htm
- 国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例 – https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm
- 国土交通省 定期建物賃貸借 – https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000059.html