配偶者の扶養に入りながら不動産投資を始めたいと考える方にとって、「家賃収入を得たら扶養から外れてしまうのでは」という不安は切実な問題です。実は、不動産所得の計算方法は給与所得とは異なるため、正しい知識があれば扶養内で投資を続けられる可能性は十分にあります。
ただし、ここで見落としがちな重要な事実があります。それは、税金の扶養で使える経費と、社会保険の扶養判定で使える経費は範囲が違うという点です。特に減価償却費の扱いは大きく異なり、この違いを理解していないと後から扶養資格を失うことがあります。
この記事では、税制上の扶養と社会保険上の扶養という2つの制度の違いから、協会けんぽや健康保険組合での判定基準、そして扶養を維持しながら投資を進めるための実践的な戦略まで、公的機関の情報をもとに詳しく解説していきます。
扶養には2種類ある:税制上と社会保険上の違い
不動産投資と扶養の関係を正しく理解するには、まず「税制上の扶養」と「社会保険上の扶養」という2つの制度を区別することが欠かせません。この2つは名前が似ているものの、判定基準も管轄する機関も、そして使える経費の範囲も異なります。多くの方がこの違いを知らないまま不安を抱えているため、最初に整理しておきましょう。
税制上の扶養とは何か
税制上の扶養とは、配偶者控除や配偶者特別控除を受けられる状態を指します。配偶者の所得が一定額以下であれば、世帯主の所得税や住民税の計算時に控除が適用され、税負担が軽くなる仕組みです。判定は年末調整や確定申告の時点で、1年間の所得合計をもとに行われます。
国税庁によると、2026年時点で配偶者控除を受けるには、配偶者の合計所得金額が58万円以下であることが基準です。給与収入のみなら年収123万円以下が目安となります。かつては48万円・103万円が基準として広く知られていましたが、現行の基準は引き上げられている点に注意が必要です。合計所得が58万円を超えても133万円以下であれば、配偶者特別控除として段階的に控除を受けられます。つまり税制上は「一気に外れる」というよりも、控除額が徐々に減っていくグラデーションのある制度になっています。
社会保険上の扶養とは何か
一方、社会保険上の扶養は、健康保険や厚生年金で被扶養者として認定されるかどうかを判定するものです。こちらは税制上の扶養と違い、「入っているか、外れているか」の二択となります。被扶養者と認められれば、自分で健康保険料や国民年金保険料を支払う必要がありません。
基準は原則として年収130万円未満です。ここで特に重要なのが、この判定が「過去1年の実績」ではなく「今後の収入見込み」で行われるという点です。不動産投資を始めた時点で今後の収入見込みが基準を超えると判断されれば、その時点で扶養から外れる可能性があるのです。
減価償却費の扱いが決定的に違う
ここが本記事で最も注意してほしいポイントです。税務上の不動産所得では、国税庁が示すとおり「総収入金額から必要経費を差し引いた金額」で所得を計算し、固定資産税や修繕費に加えて減価償却費も代表的な必要経費として認められます。減価償却費は実際にお金が出ていかないのに経費にできるため、帳簿上の所得を大きく圧縮できます。
ところが社会保険の扶養判定では話が変わります。日本年金機構の疑義照会回答では、確定申告書上の減価償却費は扶養判定の恒常的収入から控除できないとされています。協会けんぽ系の用語集でも、控除できない経費の例として「減価償却費(不動産所得)」が明示されています。つまり、税金では所得を抑えられても、社会保険の扶養判定ではその節税効果が使えないケースがあるということです。
お持ちのマンションは、いま売るといくらか 無料のAI査定で確かめる
税制上の扶養:合計所得58万円の基準と経費計上
税制上の扶養で押さえるべきは、合計所得金額58万円という基準です。これを超えると配偶者控除は受けられなくなりますが、先述のとおり133万円以下であれば配偶者特別控除が段階的に適用されます。ここでは不動産所得の計算と、所得を抑えるためのポイントを見ていきます。
不動産所得の計算式と必要経費
不動産所得は「総収入金額マイナス必要経費」というシンプルな式で計算されます。総収入金額には家賃収入のほか、礼金や更新料、共益費なども含まれます。一方の必要経費には、物件の維持管理にかかる費用を幅広く算入できます。
国税庁が代表例として挙げているのは、固定資産税、減価償却費、修繕費などです。このほか、管理会社への委託費、火災保険料や地震保険料、ローンの利息部分も経費になります。特に減価償却費は税務上の節税に大きく効くため、税金の扶養を意識するなら重要な項目です。たとえば家賃収入が年間200万円でも、これらの経費が合計160万円あれば、税務上の不動産所得は40万円まで下がります。
配偶者特別控除による段階的な調整
合計所得が58万円を超えても、すぐに控除がゼロになるわけではありません。国税庁の配偶者特別控除では、配偶者の合計所得が58万円超133万円以下の帯で控除の適用余地があります。所得が増えるにつれて控除額は段階的に減っていくため、58万円を少し超えた程度なら税負担の増加は限定的です。
この仕組みを理解しておくと、税金の面では所得を無理に抑えすぎる必要がないことがわかります。ただし、社会保険の扶養は別の基準で判定されるため、税金だけを見て安心するのは危険です。両方を並行して確認する姿勢が欠かせません。
青色申告特別控除の活用
税務上の所得をさらに抑える手段が青色申告特別控除です。国税庁は控除額を55万円、一定要件を満たせば65万円、それ以外は10万円と説明しています。55万円・65万円の控除を受けるには、複式簿記による記帳などの要件に加えて、不動産貸付が事業的規模であることが求められます。
事業的規模かどうかの国税庁の目安は、独立した室数がおおむね10室以上、または独立家屋がおおむね5棟以上です。1室から2室で始める初心者はこの規模に届かないため、まずは10万円控除を活用しつつ、将来的に規模を広げていく段階的なアプローチが現実的でしょう。青色申告を始めるには、開業届と青色申告承認申請書を税務署に提出する必要があります。
社会保険上の扶養:130万円基準と協会けんぽの判定
社会保険上の扶養は、税制上の扶養より複雑で注意点が多い制度です。基本基準は年収130万円未満ですが、不動産所得の扱いや同居・別居の条件によって判定が変わります。配偶者の勤務先が加入する健康保険がどう判定するかを事前に確認することが、扶養維持の成否を分けます。
同居・別居で変わる判定基準
厚生労働省の基準によると、同居の場合は認定対象者の年間収入が130万円未満で、かつ被保険者(扶養する側)の年間収入の2分の1未満であることが目安です。仮に2分の1以上であっても、被保険者の年収を上回らず生計維持の中心と認められれば、被扶養者になれる余地があるとされています。
別居の場合は基準が異なり、年間収入が130万円未満で、かつ被保険者からの援助額より少ないことが目安となります。そのため別居で扶養に入る・残るには、仕送りの事実と1回あたりの仕送り額がわかる書類の提出が必要です。なお、60歳以上または一定の障害がある方は、基準が130万円ではなく180万円未満に緩和されます。
もう一つ見落としがちなのが、収入の範囲です。扶養判定の「収入」には、障害年金や遺族年金、失業給付といった非課税の収入も含めて扱われます。家賃収入だけで判断すると誤りやすいため、他の収入源がある場合は合算して考える必要があります。
扶養判定で引ける経費は税金より狭い
社会保険の扶養判定で不動産所得を計算する際、控除できる経費の範囲は税務上より限られます。日本年金機構の実務説明では、自営業者の収入は「事業遂行のための必要経費を控除した額」でみるとされていますが、控除できるのは社会通念上その所得を得るために必要と認められる実額に限られます。
前述のとおり、減価償却費はこの経費に含まれません。さらに協会けんぽのFAQでは、自営業の年収は年間総収入から直接的経費を差し引いた額で計算し、公租公課や宣伝費は差し引けないとされています。つまり、固定資産税のような税金や広告費も扶養判定上は経費として認められない扱いになります。税務申告で所得を大きく圧縮できても、社会保険では所得が高く評価されるケースがある、という点を必ず押さえておきましょう。
2026年4月からの簡便ルールは不動産収入者には使えない
2025年10月以降、被保険者の配偶者を除く19歳以上23歳未満については、扶養判定の年間収入要件が150万円未満に引き上げられています。また2026年4月からは、労働契約の内容だけで年間収入を判定する簡便なルールが導入されます。
ただし、この簡便ルールは給与収入のみで他の収入が見込まれない場合に限られます。厚生労働省のQ&Aでも、給与収入以外に年金収入や事業収入などがある場合は対象外とされています。したがって、不動産収入がある方は、この「給与契約書だけで130万円を判定する」仕組みの対象外になりやすく、従来どおり収入証明書や確定申告書などで判定されると考えておくのが安全です。
提出が必要になる書類
不動産収入がある方の扶養認定では、直近の確定申告書の写しが必要書類となります。協会けんぽの電子申請案内によれば、これに加えて青色申告なら「青色申告決算書」、白色申告なら「収支内訳書」など収入の内訳がわかる書類が求められます。別居で扶養に入る場合は、先述のとおり仕送りの事実と金額がわかる書類も必要です。何を出せばよいかを事前に把握しておくと、手続きがスムーズに進みます。
130万円未満でも本人が加入者になる場合
「130万円未満なら必ず扶養に残れる」と考えるのは誤りです。日本年金機構の説明によると、年収が130万円未満であっても、勤務先での労働時間が4分の3基準を満たしたり、短時間労働者の4要件を満たしたりすると、自分自身が健康保険・厚生年金の被保険者になります。パートやアルバイトと不動産投資を両立している方は、この点にも注意が必要です。
扶養を維持しながら不動産投資を成功させる戦略
ここまでの内容を踏まえて、扶養を維持しながら投資を進めるための戦略を考えていきましょう。ポイントは、税金と社会保険それぞれの基準を分けて把握し、事前にシミュレーションしておくことです。
税金と社会保険を分けて考える
税務上は減価償却費や各種経費を漏れなく計上することで所得を抑えられます。物件視察の交通費や書籍代、セミナー参加費なども、業務との関連を説明できれば経費計上が可能です。一方で社会保険の扶養判定では、これらの経費が認められないケースがある点を忘れてはいけません。
したがって、扶養維持を最優先するなら、社会保険の基準で計算した場合の所得が130万円未満に収まるかを確認することが実質的なハードルになります。減価償却費に頼らずに家賃収入から直接的経費を引いた金額で判定される可能性を前提に、余裕を持った収支計画を立てておくと安心です。
物件選びの段階から所得規模を意識する
扶養を維持したいなら、家賃収入の絶対額が大きすぎない物件を選ぶことが重要です。利回りが高く収入の多い物件は魅力的ですが、社会保険の扶養判定では減価償却費で相殺できないため、収入そのものの大きさが直接影響します。価格が手頃で家賃収入を抑えられる物件から始めるほうが、扶養内でのコントロールはしやすくなります。
税金面では築古物件の減価償却メリットが大きいものの、それは社会保険の扶養判定には効きません。両方の観点を切り分けたうえで、自分がどちらの扶養を優先するのかを明確にして物件を選ぶことが大切です。
損益分岐点を把握して判断する
扶養にこだわりすぎて投資機会を逃すのは本末転倒です。扶養から外れた場合の負担を正確に把握し、どの程度の所得があれば外れても手取りが増えるのかを理解しておきましょう。日本年金機構によると、扶養から外れて国民年金第1号被保険者になると、2026年度の保険料は月額17,920円かかります。年額にすると約21万円強です。
これに国民健康保険料が加わりますが、厚生労働省が示すとおり国民健康保険料の算定方法は各市町村の条例で定められるため、全国一律の金額は出せません。自分が住む自治体の保険料率をもとに試算するか、税理士やファイナンシャルプランナーに相談して具体的な数字を出してもらうことをおすすめします。負担増を上回る所得が見込めるなら、扶養を外れて規模を拡大する選択も十分に合理的です。
扶養から外れる場合の手続き
扶養から外れることになった場合は、速やかな手続きが必要です。手続きを怠ると後から保険料の精算や追徴を求められることがあるため、流れを把握しておきましょう。
社会保険と年金の手続き
社会保険上の扶養から外れる場合、まず配偶者の勤務先を通じて被扶養者の異動届を提出します。日本年金機構によると、被扶養者から外れる届出は原則として事実発生から5日以内に行うこととされています。あわせて、自分で国民健康保険への加入手続きを市区町村の窓口で行います。
年金については、国民年金の第3号被保険者から第1号被保険者への種別変更手続きが必要です。日本年金機構も、収入増加で配偶者の扶養から外れた場合はこの変更手続きが必要だと案内しています。手続きを忘れると年金記録に空白が生じるおそれがあるため、忘れずに進めましょう。
税金関係の手続き
税制上の扶養から外れた年は、世帯主の年末調整で配偶者控除等の申告内容を修正します。配偶者控除等申告書に配偶者の所得見込みを正確に記載し、適切な控除区分で申告します。年末調整で誤った申告をしてしまった場合は、確定申告で修正することになります。会社独自の扶養手当を受けている場合は、扶養基準と連動して支給が止まることがあるため、人事部門に確認しておくとよいでしょう。
まとめ
家賃収入を得ながら扶養を維持できるかは、税制上と社会保険上という2つの扶養制度を分けて理解することから始まります。2026年時点で税制上の配偶者控除は合計所得58万円以下(給与のみなら123万円以下)が基準で、社会保険上は年収130万円未満が原則です。
最も注意すべきは、税務で使える減価償却費が社会保険の扶養判定では控除できないという点です。日本年金機構や協会けんぽ系の資料でも減価償却費は控除不可とされており、税金では所得を抑えられても社会保険では所得が高く評価される可能性があります。さらに同居・別居の条件や仕送り要件、非課税収入の合算など、判定には多くの要素が関わります。
2026年4月から始まる労働契約ベースの簡便判定も、不動産収入がある方は対象外になりやすいため、従来どおり確定申告書などで判定される前提で準備しましょう。制度の詳細や保険料は個別事情や自治体によって異なるため、最新情報は各公的機関の公式サイトで確認し、迷ったときは税理士やファイナンシャルプランナーに相談したうえで投資判断をすることをおすすめします。
一橋大学大学院MBA修了。大手デベロッパー法人部門、買取再販会社を経て現職。区分リノベ再販・都心事業用物件の買取再販を手がけ、業界7年の知見で記事を監修。
プロフィール詳細 →