「親が認知症になったら、所有している不動産はどうなるのだろう」と不安を感じている方は多いのではないでしょうか。実は、判断能力が低下した後では不動産の売却や賃貸契約の更新が難しくなるケースがあり、家族が困り果てるという事態は決して珍しくありません。そこで近年注目されているのが「家族信託」という仕組みです。この記事では、家族信託を使った不動産管理のメリットとデメリットをわかりやすく解説します。制度の基本的な仕組みから税務上の注意点、成年後見制度との違いまで順を追って説明しますので、ぜひ最後までお読みください。
家族信託とはどんな仕組みか

まず押さえておきたいのは、家族信託の基本的な構造です。家族信託とは、自分の財産(不動産・預貯金・有価証券など)を、信頼できる家族に託して管理・運用してもらう仕組みのことです(法務局系資料より)。財産を預ける人を「委託者」、財産を管理する人を「受託者」、財産から生じる利益を受け取る人を「受益者」と呼びます。
たとえば、親(委託者)が所有する賃貸マンションを子ども(受託者)に信託し、家賃収入は引き続き親(受益者)が受け取るという設計が典型的です。この場合、不動産の名義は受託者である子どもに移りますが、利益を受け取る権利は親が持ち続けます。つまり、財産の「管理権」と「受益権」を分けることができるのが家族信託の大きな特徴です。
法務省は、認知症などに備えた財産管理において、親族間での信託の利用が有効だと案内しています(法務省 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00386.html)。高齢化が進む現代において、元気なうちに財産管理の仕組みを整えておくことの重要性が、公的機関からも認識されているといえます。
不動産管理における家族信託のメリット

家族信託を活用することで、不動産管理に関してさまざまなメリットが生まれます。なかでも特に大きいのは、認知症発症後も受託者が不動産を継続して管理・運用できる点です。
受託者は信託不動産について、相当と認める方法・時期・範囲において修繕・保存・改良を行うことができます。また、その管理業務を受託者が選任する第三者に委託することも可能です(国税庁 https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/zoyo/011115/b_03.htm)。つまり、親が認知症になった後でも、子どもが受託者として賃貸管理会社への委託や修繕工事の発注を問題なく進められます。
さらに、信託契約では修繕積立金を信託財産から積み立て、必要なときに取り崩して修繕・保存・改良費に充当することもできます(国税庁 同上)。長期的な建物維持を見据えた資金計画を、信託の枠組みの中で実現できるのは大きな強みです。
また、共有不動産を信託すると所有権の一本化や担保性の向上による資金調達が目的になりうるとも示されています(国税庁 https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/zoyo/011115/b_01.htm)。複数の相続人が共有している不動産は、全員の合意がなければ売却や大規模修繕ができないという問題がありますが、信託によって管理権を一本化することで、こうした意思決定の停滞を防ぐことが期待できます。
成年後見制度との違いを知っておこう
家族信託を検討する際、成年後見制度と比較して考えることが重要です。成年後見制度は、判断能力が不十分になった方を法律的に支援する制度ですが、不動産管理の面では制約が少なくありません。
成年後見制度の案内では、認知症・知的障害・精神障害などの理由で判断能力が不十分な方は、不動産や預貯金などの財産管理、契約、遺産分割協議が難しい場合があるとされています(法務省 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji95.html)。成年後見人が選任されれば一定の管理は可能になりますが、民法によると、本人が成年後見・保佐・補助などの対象でない限り、居住用不動産の処分に家庭裁判所の許可は不要です。許可が問題になるのは、成年後見人等が本人の居住用不動産を売却・賃貸等する場面です(民法第859条、e-Gov法令検索 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089)。
一方、家族信託では委託者が元気なうちに信託契約を結んでおくことで、認知症発症後も受託者が柔軟に不動産を管理・処分できます。裁判所の許可を都度取得する必要がなく、家族の意思に沿った迅速な対応が可能になる点は、成年後見制度にはない大きな利点です。ただし、家族信託はあくまで財産管理を目的とした仕組みであり、身上監護(医療・介護に関する手続き)には対応できないため、必要に応じて成年後見制度と組み合わせることも検討に値します。
家族信託のデメリットと税務上の注意点
家族信託には多くのメリットがある一方で、デメリットや注意すべき点も存在します。特に税務面は慎重に確認しておく必要があります。
まず、信託設定時に適正な対価を負担せずに受益権などを取得した場合、贈与税が課税されます(国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4427.htm)。たとえば、親が委託者兼受益者となる設計であれば課税は生じませんが、子どもが受益者となる設計にした場合は贈与税の対象になりえます。また、信託設定時点で受益者がいない設計でも、将来親族などが受益者となる場合は受託者に贈与税が課税されることがあります(国税庁 同上)。
このように、信託の設計によって税務上の取り扱いが大きく変わるため、契約内容を決める前に税理士や司法書士などの専門家に相談することが不可欠です。また、信託契約の作成や不動産の信託登記には専門的な手続きが伴い、一般的には相応の費用がかかるとされています。具体的な費用については個別の事情によって異なるため、専門家への事前確認をおすすめします。
さらに、受託者となる家族には継続的な管理義務が生じます。信託財産の帳簿作成や収支の管理など、一定の事務負担が発生することも念頭に置いておきましょう。家族信託は万能な制度ではなく、家族の状況や財産の内容に応じて適切かどうかを慎重に判断することが大切です。
まとめ
家族信託は、不動産を持つ方が認知症などに備えて財産管理の仕組みを整えるうえで、非常に有効な選択肢のひとつです。受託者が柔軟に不動産の修繕・管理・処分を行えること、成年後見制度のように裁判所の許可を都度取得する必要がないことは、特に賃貸不動産を持つオーナーにとって大きなメリットといえます。一方で、設計を誤ると贈与税が課税されるリスクがあるなど、税務面での注意点も見逃せません。家族信託の導入を検討する際は、必ず司法書士・税理士などの専門家に相談し、自分の家族構成や財産状況に合った設計を行うことが成功への第一歩です。元気なうちに準備を始めることが、将来の家族の安心につながります。
参考文献・出典
- 法務省:信託制度のパンフレットの公表について — https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00386.html
- 法務局(神戸):家族信託とは?(相続で未来へつなぐ) — https://houmukyoku.moj.go.jp/kobe/content/001354479.pdf
- 国税庁:No.4427 新たに信託の設定等を行った場合 — https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4427.htm
- 国税庁:信託契約の内容 — https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/zoyo/011115/b_03.htm
- 国税庁:市街地再開発事業による施設建築物及びその敷地を民事信託により信託した場合の税務上の取扱いについて — https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/zoyo/011115/b_01.htm
- 裁判所:成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可 — https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_25_04/index.html
- 法務省:成年後見制度・成年後見登記制度 — https://www.moj.go.jp/MINJI/minji95.html
- e-Gov法令検索:民法 — https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089