不動産の購入を検討していて、「越境」という言葉に不安を感じた方は多いのではないでしょうか。隣の建物の軒先が敷地にはみ出していたり、ブロック塀や庭木が境界線を越えていたりするケースは、住宅地では決して珍しくありません。こうした状態を放置したまま売買契約を結んでしまうと、引渡し後に隣地所有者との思わぬトラブルに発展することがあります。この記事では、越境とは何か、売買契約書にどのような特約を盛り込むべきか、そして買主と売主がそれぞれ注意すべき点を、公的資料を手がかりに整理してわかりやすく解説します。
越境とは何か、なぜ取引で問題になるのか
まず押さえておきたいのは、越境という言葉の意味と、それが不動産取引でなぜ重視されるのかという点です。越境とは、建物の一部やフェンス、樹木の枝、給排水管などが、隣地との境界線を越えてはみ出している状態を指します。一見すると小さな問題に見えますが、実際には所有権の侵害にあたる可能性があり、放置すれば大きなトラブルの火種になりかねません。
越境が問題視される最大の理由は、隣地の所有者が法的な権利を持っている点にあります。大阪府が公表している宅地建物取引業法に関する資料(https://www.pref.osaka.lg.jp/o130200/kenshin/jusetsu/juyo-baibai.html)でも、隣地との境界に越境物が存在する事実は、契約前に説明すべき重要な事項の例として挙げられています。買主に故意や過失がなくても、隣地所有者から越境部分について何らかの請求を受ける可能性が残るため、知らずに購入した場合でも無関係ではいられないのです。
さらに越境は、境界が確定しているかどうかという問題とも深く結びついています。埼玉県が公表しているFAQ資料(https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/208895/r7faqgozyuonn.pdf)では、隣接土地との境界が確定しているか、また越境があるかどうかは、買主が契約を結ぶかどうかを判断するうえで重要な影響を及ぼす事項として扱うべきとされています。だからこそ越境の有無は、取引の初期段階から丁寧に確認しておく必要があるのです。
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宅建業者が負う調査と説明の義務
不動産取引では、仲介にあたる宅地建物取引業者(宅建業者)が越境について調査し、買主に説明する義務を負っています。これは単なる慣習ではなく、買主を保護するために求められる実務上の重要な役割です。買主としては、この説明を通じて越境のリスクを事前に知ることができます。
先ほどの埼玉県のFAQ資料では、宅建業者が境界の確定状況について、現地の境界標(杭)を確認したり、売主に対して境界の明示や越境の有無を記載した物件状況等確認書、いわゆる告知書の提出を求めたりして調査を行い、その結果を買主へ正確に説明する必要があるとされています。告知書とは、売主自身が物件の状態を申告する書類で、越境の有無もその記載項目のひとつです。売主の申告と現地の状況を照らし合わせることで、実態に近い情報が把握できます。
仮に境界が確定しないまま取引せざるを得ない場合でも、宅建業者はその調査結果を重要事項説明書に記載して説明し、買主が将来こうむりうる不利益について十分に理解を得たうえで契約を進めるべきだとされています。重要事項説明書とは、契約前に宅地建物取引士が買主へ口頭で説明する義務のある書面で、物件の法的・物理的な状況をまとめた重要な資料です。買主の立場では、この説明の際に越境に関する記載があるかを必ず確認し、疑問があればその場で遠慮なく質問することが大切です。
売買契約書に盛り込む越境特約の基本
越境が確認された場合、売買契約書に越境の取扱いを定めた特約を明記することが実務の基本となります。特約とは、法律の原則や一般的な契約条件とは異なる取り決めを、当事者間で合意して契約書に書き加えたものです。越境を後々のトラブルなく解決するためには、この特約の中身を慎重に検討する必要があります。
特約の内容は、越境の状況や当事者の合意によってさまざまです。実務では、売主が引渡しまでに越境物を撤去する取り決め、越境物の存在を買主が承認したうえで現状のまま引き渡す取り決め、あるいは将来の建て替えや改修の際に越境を解消することを隣地所有者と合意しておく、いわゆる覚書の締結などが考えられます。どの方法を選ぶかは、越境物の種類や規模、隣地所有者との関係性によって変わってきます。たとえば軒先のわずかなはみ出しであれば覚書で将来解消を約束する方法が、樹木の枝であれば剪定で対応する方法が現実的な場合もあります。
国民生活センターの資料(https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202208_05.pdf)では、売主と買主が確認した欠陥や不具合について、買主がそのまま引渡しを受けるのか、売主が修補してから引き渡すのかといった取り決めがある場合、それは重要な合意事項であり、その内容が売買契約書に記載されていることを確認すべきだとされています。越境物の取扱いもこれと同じく、口頭の約束だけで済ませず、必ず書面に残すことが原則です。
また同じ資料では、売主が契約不適合責任を負う期間を一定期間に限る、あるいは負わないとする特約が一般に行われているとも説明されています。契約不適合責任とは、引き渡した物件が契約の内容に適合しない場合に売主が負う責任のことです。越境がこれに該当するかどうかは個別の事情によりますが、責任の範囲や期間についても契約書で明確にしておくことが、後のトラブル防止につながります。
境界が未確定の場合の特約と国有地売却の実例
越境と密接に関わるのが、境界が確定していない場合の特約です。境界が定まらないまま取引を進めると、面積の不確かさや将来の紛争リスクを抱えることになります。こうしたリスクを契約書上でどう処理するかは、実務における重要な論点です。参考になるのが、公的機関による国有地売却の取扱いです。
財務省の通達(https://www.mof.go.jp/about_mof/act/kokuji_tsuutatsu/tsuutatsu/TU-20090227-0814-14.html)では、未利用の国有地を売却する際、境界が確定していない物件を扱うときの特約例が示されています。そこでは、売買契約の数量は境界確定前の現況実測図に基づくものとしつつ、契約締結後の実測面積が契約書記載の面積と相違しても、当事者は面積の変動について売買代金の清算を行わないとする内容が定められています。これは国有地の実務例ですが、面積の変動リスクをあらかじめ契約で処理しておくという考え方は、民間取引でも参考になります。
また四国財務局の売払物件案内(https://lfb.mof.go.jp/shikoku/content/019/01900040.pdf)でも、境界や越境に関する資料を閲覧したうえで、売買契約にあたって契約書に特約条項を付すことが案内されています。さらに物件調書の内容によっては追加の特約条項を付す場合もあるとされており、越境や境界の状況に応じて柔軟に対応する姿勢がうかがえます。民間取引においても、越境がある場合は土地の位置や形状、境界点と敷地範囲などを契約締結前に調査・確認しておくことが欠かせません。境界確認書の交付を契約条件として求める実務も多く、こうした書類の準備が取引をスムーズに進める鍵になります。
買主と売主がそれぞれ確認すべきポイント
越境がある物件の売買では、買主と売主とで確認すべき事項が異なります。それぞれの立場に応じたチェックポイントを押さえておくことで、不測のトラブルを未然に防ぐことができます。まずは自分がどちらの立場なのかを意識して、以下の点を確認していきましょう。
買主として最も重要なのは、越境の事実を契約前に正確に把握することです。重要事項説明書に越境の記載があるかを確認し、越境物の種類が建物の軒なのかフェンスなのか樹木や配管なのかを、その場所とともに現地で目視確認しておくと安心です。あわせて、越境に関する特約が契約書に明記されているかを確かめ、口頭の約束で済ませないことが大切です。隣地所有者との覚書が締結されている場合は、その内容にも必ず目を通しておきましょう。
一方、売主の立場では、越境の事実を隠さず正直に開示することが法的にも道義的にも求められます。越境を知りながら告知しなかった場合、後から契約不適合責任を問われるおそれがあるためです。売却前に境界を確認して越境の状況を明確にしておくこと、そして隣地所有者と事前に話し合い、越境の解消や現状維持に関する覚書を取り交わしておくことが、買主への説明をしやすくし、取引を円滑に進める助けになります。
どちらの立場であっても、宅地建物取引士や土地家屋調査士、必要に応じて弁護士といった専門家に相談しながら進めることが、越境問題を適切に解決するための近道です。特に境界の確定が絡む場面では、測量や境界確認を専門とする土地家屋調査士の知見が欠かせないことがあります。自己判断で進めず、早い段階で専門家の力を借りることをおすすめします。
まとめ
越境は不動産取引で見落とされがちですが、放置すれば深刻なトラブルに発展しかねない重要な問題です。宅建業者には調査と説明の義務があり、越境の事実は重要事項説明書に記載されるべき事項です。売買契約書には越境の取扱いを定めた特約を明記し、口頭の約束だけで済ませないことが鉄則といえます。買主は契約前に越境の有無と特約の内容を必ず確認し、売主は越境を正直に開示して隣地所有者との合意を整えておくことが大切です。制度や実務の詳細は個別の事情によって異なるため、最新の情報は各公的機関の公式サイトで確認しつつ、不安な点があればまず宅地建物取引士や土地家屋調査士に相談してみてください。丁寧に対処すれば、越境のある土地でも安心して取引を進めることができます。
参考文献・出典
- 埼玉県 – FAQ(令和7年12月1日現在の法令に基づく)https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/208895/r7faqgozyuonn.pdf
- 財務省 – 財務省所管一般会計所属の未利用国有地等の売却促進について https://www.mof.go.jp/about_mof/act/kokuji_tsuutatsu/tsuutatsu/TU-20090227-0814-14.html
- 四国財務局 – 資料の閲覧及び特約条項 https://lfb.mof.go.jp/shikoku/content/019/01900040.pdf
- 大阪府 – 宅地建物取引業法第35条以外の「重要な事項」の例(売買) https://www.pref.osaka.lg.jp/o130200/kenshin/jusetsu/juyo-baibai.html
- 国民生活センター – 第8回 不動産売買契約書(その2) https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202208_05.pdf