不動産の売買を検討しているとき、「アスベスト(石綿)が含まれているかもしれない」という不安を感じたことはないでしょうか。特に築年数の古い建物を購入・売却する場合、アスベストに関する取り決めを売買契約書の特約にどう盛り込めばよいか、初心者には難しく感じられるものです。この記事では、アスベストと売買契約書の特約の関係を基礎からわかりやすく解説します。重要事項説明での義務内容から、特約に盛り込むべきポイント、調査が未実施の場合のリスク分担の考え方まで、実務に役立つ情報をまとめました。
アスベストと不動産売買の基本的な関係

まず押さえておきたいのは、アスベスト(石綿)が不動産取引においてなぜ重要な問題になるのか、という点です。アスベストは断熱材や耐火材として広く建材に使われてきた素材ですが、その繊維を吸い込むことで健康被害が生じる可能性があるとされており、現在では使用が規制されています。そのため、古い建物を売買する際には、アスベストの有無が取引上の重大な関心事となります。
不動産売買においてアスベストが問題になる場面は、大きく分けて二つあります。一つは建物を居住・利用目的で購入する場合で、もう一つは購入後に建物を解体する予定がある場合です。居住目的であれば、アスベストが飛散しない状態で封じ込められているかどうかが焦点になります。一方、解体を予定している場合は、アスベストが含まれていると解体工事の費用が割高になったり、工期が長引いたりするおそれがあるため(愛媛県宅建協会資料より)、事前の確認がより重要になります。
このような背景から、アスベストに関する情報は売買契約の場で適切に開示・共有されることが求められています。売主・買主・仲介業者のそれぞれが、自分の立場でどのような責任を負うのかを理解しておくことが、トラブルを防ぐ第一歩です。
重要事項説明でのアスベスト説明義務とは

不動産取引において、宅地建物取引業者(宅建業者)には重要事項説明の義務があります。国土交通省のアスベスト対策Q&Aによると、建築物の売買等の際にアスベスト調査の結果がある場合には、その内容を重要事項として説明する必要があります。
具体的に何を説明しなければならないかについては、令和7年4月1日施行版の宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(国土交通省)に詳しく示されています。石綿の使用の有無の調査結果の記録が保存されている場合、説明すべき内容は「調査の実施機関」「調査の範囲」「調査年月日」「石綿の使用の有無」「石綿の使用箇所」の5項目です。これらをもれなく伝えることが、宅建業者に求められる対応となります。
ただし、重要なのは「調査結果がある場合に説明する義務」であって、調査そのものを宅建業者が実施する義務ではないという点です。同資料では「石綿の使用の有無の調査の実施自体を宅地建物取引業者に義務付けるものではない」と明記されています。つまり、調査が行われていない物件については、調査結果の説明義務は発生しません。しかし、だからといって調査なしで取引を進めることが安全かというと、そうとは言い切れません。
また、調査結果の記録から一部の情報が判明しない場合は、売主等に補足情報の告知を求め、それでも不明なときはその旨を説明すれば足りるとされています(国土交通省・同資料)。さらに、売主から提出された調査結果を説明する場合は、それが売主等の責任のもとで行われた調査であること、建物全体を調査したものでない場合は調査範囲に限定があることを明らかにすることが望ましいとされています。
売買契約書の特約にアスベストをどう盛り込むか
重要事項説明とは別に、売買契約書の特約にアスベストに関する条項を盛り込むことが、実務上のリスク管理として非常に重要です。特約とは、法律の原則とは異なる取り決めを当事者間で合意する条項のことで、アスベストに関するリスク分担を明確にするために活用されます。
業界の実務慣行では、引渡し後に買主による建物の解体が予定されている場合には、特約や重要事項説明に注意喚起の記載をすることが推奨されています。具体的には、アスベストの使用が判明した場合に解体工事費用が割高になるおそれや、工期が長引くおそれがあることについて、買主が予め了承する旨を盛り込む形が想定されています。
さらに、宅建業者が売主となる場合には、引渡し直後に解体するか否かにかかわらず、売買契約の際に石綿使用の有無に関して専門調査を行い、その結果を特約に盛り込んでおくことが望ましいとされています。これは、後になってアスベストの存在が発覚した際のトラブルを未然に防ぐための実務的な対応です。
特約の内容は物件の状況や取引の目的によって異なりますが、少なくとも「アスベスト調査の有無とその結果」「調査未実施の場合はその旨と責任の所在」「解体時のリスクに関する買主の了承」といった要素を盛り込むことが、実務上の基本的な考え方とされています。具体的な文言については、宅建業者や専門家に相談しながら作成することをおすすめします。
調査未実施・結果不明の場合のリスクと対処法
実際の取引では、アスベスト調査が行われていない物件や、調査結果の一部が不明な物件も少なくありません。このような場合、買主はどのようなリスクを負うことになるのでしょうか。
調査が未実施の場合、買主は購入後に自らアスベスト調査を依頼することになります。調査の結果、アスベストが使用されていることが判明すると、解体工事の費用が通常より割高になったり、工期が長引いたりするおそれがあります。これらのコストは、契約書に特段の定めがなければ、原則として買主が負担することになる可能性があります。
一方、売主の立場からも注意が必要です。アスベストの存在が「隠れた瑕疵」や契約不適合として認定された場合、売主が責任を問われる可能性があります。現行の民法では、売買契約において目的物が契約の内容に適合しない場合、買主は売主に対して修補・代金減額・損害賠償などを請求できるとされています。アスベストの存在がこの「契約不適合」に当たるかどうかは個別の事情によりますが、リスクを避けるためにも、事前の調査と特約による明確な合意が重要です。
実務的な対処法としては、売買契約書の特約に「アスベスト調査は実施していない」「アスベストが発見された場合の費用負担は買主とする」といった内容を明記し、双方が合意した上で契約を締結する方法が一般的に取られています。ただし、このような特約の有効性や内容については個別の事情によって異なるため、必ず専門家に確認することをおすすめします。
個人売買と仲介ありの場合の違いに注意
アスベストに関する売買契約書の特約を考える上で、取引の形態によって注意すべき点が変わることも理解しておきましょう。宅建業者が仲介に入る場合と、個人間で直接売買を行う場合では、義務の範囲や実務上の対応が異なります。
宅建業者が仲介する場合は、前述の通り重要事項説明の義務があり、アスベスト調査の結果がある場合はその内容を説明しなければなりません。また、宅建業者が売主となる場合には、より高い水準の説明責任と調査対応が求められる傾向があります。一方、個人間売買の場合は宅建業法上の重要事項説明義務は発生しませんが、だからといってアスベストに関する情報を隠してよいわけではありません。民法上の契約不適合責任は個人間売買にも適用されるため、知っている情報は誠実に開示することが重要です。
いずれの場合も、アスベストに関するリスクを売買契約書の特約で明確に取り決めておくことが、後のトラブルを防ぐ最善策です。特約の内容は画一的なものではなく、物件の状況・取引の目的・当事者の合意内容に応じて柔軟に設計する必要があります。不安な点があれば、宅建業者や弁護士・司法書士などの専門家に相談しながら進めることを強くおすすめします。
まとめ
アスベストと売買契約書の特約は、不動産取引において見落としがちながら非常に重要なテーマです。宅建業者にはアスベスト調査結果がある場合の重要事項説明義務があり、調査の実施機関・範囲・年月日・使用の有無・使用箇所を説明することが求められています。また、解体予定の物件では特約に注意喚起の文言を盛り込むことが推奨されており、宅建業者が売主の場合は専門調査の実施と特約への反映が望ましいとされています。調査が未実施の場合も、特約で責任の所在を明確にしておくことがトラブル防止につながります。アスベストに関する取り決めは専門的な判断が必要な場面も多いため、疑問点は必ず宅建業者や専門家に相談しながら、安心できる取引を進めてください。
参考文献・出典
- 国土交通省「アスベスト対策Q&A」 — https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/Q%26A/index.html
- 国土交通省「令和7年4月1日施行版 宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」 — https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001855526.pdf
- 愛媛県宅建協会「売買契約書・賃貸借契約書の特約に関する例文」 — https://www.ehime-takken.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/02/cb3d432c064579bcdb0b2562fb39d3fc.pdf
- 国土交通省「アスベストに関する不動産取引の手引き」 — https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/asubesuto/fudousan/01.pdf
- 国土交通省「不動産業:宅地建物取引業法 法令改正・解釈について」 — https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000268.html